date: 2009年12月13日

subject: 私のファースト紬グラフ

from: 樺澤貴子



木々の葉が舞い落ちたのを見届けたら、あっという間に12月も半ばに。年末進行の渦に巻き込まれていたとはいえ、ブログの進行を滞らせてしまって、本当にすみませんでした。さっそくですが、今月のテーマは〈染めと織り〉。括りが大きすぎて、何から書こうが迷いますが、今日は私のファースト紬のお話を。

私がきものに傾倒しはじめた約10年前頃は、空前の紬ブームでした。「コンクリートの街並みに違和感なく着られる」というキャッチフレーズとともに、モード感たっぷりのシックな紬が一般女性誌でも特集され、呉服店までもが紬の専門店を手掛ける動きが目立っていた時代です。雑誌で掲載されているようなブランド紬はとても買えませんが、ファッションの延長で着られるシックカラーの織りのきものに、自然と私も惹かれていきました。

最初に手にした織りのきものは、紬ではなく御召しでした。深い紫とグレーの市松格子に折られた御召しや紺の無地御召しを立て続けに購入しましたが、さすがにこれらは地味で、着ていて違和感がありました。今は実家の箪笥でしばし冬眠中です(笑)。世の中はシックカラー傾向にあるけれども、自分にはモノトーンカラーはしっくりこない、ならばどの路線に進むべきか・・・・・・と考えあぐねていた時に、手元に舞い込んできたのが茶のグラデーションによる格子柄の紬でした。

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節糸の味わいがありながら、光沢がある紬(産地は不明)は、知り合いから戴いたもの。無理に背伸びをして地味な装いばかりしてた私に、「おいおい、まだあなたには早いわよ」という意味も込めて譲ってくださったそうです。シックなトーンでありながら、地味すぎず、明るすぎない茶系の紬は、自分の選択肢にはない引出しだったため、まさに目ウロコでした。


さっそくヘビーローテーションで着こなした当時の装いは、こんな感じ。着物を着始めの頃はルールを必至に頭に詰め込み、「織りのきものには染め帯を合わせる」というルールはわかっていながらも、「自分ならのシックな装いは、織り帯を合わせたほうが気分だわ!」と、どこかまだ背伸びをして装っていたことを思い出しました。

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格子に花の丸文のくすんだ緑地の織り名古屋帯や、紺色の椿の織り帯など、帯合わせはあくまでもシックなトーンに。帯締めも臙脂や納戸色などの地味色ミックス。


やがて、柔らかものにマイブームが移ると、色目も明るいインパクトのあるカラーに惹かれるように。3,4年前には、こんな元気いっぱいのコーディネートで茶格子の紬を楽しみました。

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何度もブログに登場している型絵染めの帯。明るい色合いに加え、型絵染めならではのパッキリとした模様の表現が紬のチャッキリ感とマッチしています。



そして、今の気分は、優しい色合いでふうわりと装うコーディネートが気に入っています。こうして振り返ると、一枚の紬を通して、自分の興味のベクトルや価値観の変遷がわかります。年齢を重ねたこともあり、肩の力を抜いて、茶格子の紬と向き合えていることが、何より嬉しいこの頃です。

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淡いクリーム色、グリーン、ベージュピンクを抽象画のように染め分けた絞りの帯。帯締めは宍色で帯に馴染ませるように組み合わせます。


このブログを書きながら、志村ふくみさんの『色を奏でる』(ちくま文庫)の中に出てくる紬について語られたエッセイを思い出しました。


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焼物でいえば、染物は磁器、紬は陶器といえるだろうか。富本憲吉先生は、現代の人々の感性に近い焼物として、磁器のもつきめこまやかな感触、陶器のもつ素朴な重厚感、その両方を兼ね具えた半磁器というものを考えられた。それにならって私も、絹物の薄手な繊細な織味と、紬のあたたかい包容力とをそなえた、半紬というものが出来ないものであろうかと考え続けてきた。
(中略)半紬風の織物は、デザインや色調に合わせて、自分の思いのまま、自由に着られる。もともと着物とはそういうものだと思う。つねに自分が主であって、他からの価値観で左右されることなく、着物の奥にひそんでいる想いと、自分のその日その時の想いを一体にして、誇りをもって着るものだと思う。


自分が主となって装うということは、〈染め〉よりも〈織り〉のきもののほうが素直な想いを投影しやすいのではないでしょうか。そんな事を改めて考えさせられました。

実は、私事ですが、最近髪をショートカットにしました(先日、礼装のお話のなかで、髪型の大切さを語った舌の根も乾かぬうちに・・・・・・)。髪を切ったことで、この茶格子の紬のコーディネートも、また違った装いをしたくなるような予感がします。これからその変化を楽しみたいと思います。

すっかり茶系の紬に魅せられた私のワードローブには、今や3枚の茶の紬がヘビーローテーションで活躍しています。

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とりとめのないお話になってしまいましたが・・・・・・。続いて佐藤さんのお話をお聞かせくださいませ。

date: 2009年12月16日

subject: はじまりは紬

from: 佐藤文絵



うんうん、私も樺澤さんと同じく最初に心惹かれたのは「織りのきもの」でした。いやもっと正確にいうと、ホントの最初は何が何だかわからなく、何を着たらよいものかさっぱりわかりませんでした。人の着こなし、本や雑誌を飽きるほど眺めているうちに、ぼんやり見えてきた好みの方向が「織りのきもの」。とくに琉球ものの紬や上布に憧れました。それから紅型にも。

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最初の私的納得コーディネイトは、ゆうなと藍で染められた久米島紬+紅型の帯。はじめての大きなお買物でもあるし、思い出深い取り合わせです。その後は白の帯(以前にもお話しましたね)を合わせることも多くなりました。


きものを着始めの頃は、樺澤さんも書かれていたとおり、えてして地味なものを選んでしまいますね。洋服感覚でいくと、シックなものに目がいきます。それにきものというだけで目立つから、あまり目立ちたくない意識も働くのでしょうか。
初期につくった男物の泥染めの久米島紬は、とてもいいものだし大好きなのですが、まだあまり活かせられていません。これを着ていたある日は夫から「うん今日はなんだかサムライみたいだね」なんて言われてしまいました。がーん!(笑) その一言のせいではないけれど、どうも箪笥で冬眠がち。でも、しっくり似合うようになる年ごろがあるはずだから、それもまたよし。やがていい着方ができるようになりますよね。
織りのきもの、紬は、祖母や母が着ていたきものを洗い張りして仕立て直して――そんなふうに世代を越えて受け継がれるもの。だからこちらも焦らずゆったりと付き合っていける気がします。

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伝統的な男物の久米島紬。本当なら冬眠させずに今でもたくさん着てあげたい……。眺めていたら、コーディネイトをいまいちど考えよう、そんな気持ちにもなってきました。焦らず、なんて言っていたクセに。


この久米島紬はとても細かい絣が織り込まれていますが、日本の各地に伝わる伝統的な紬には語るべきことが本当に多く、興味がつきません。そして紬には手しごとのぬくもりがたくさん感じられて、紬をまとうと何かに守られている感覚がするのです。蚕を育てた人、糸をひいた人、糸を括った人、染めた人、織った人・・・。いや染ものだってそれは同じことなのだけど、紬は作り手の「手」をよりダイレクトに感じさせてくれます。私にはこれが織りのきものの大きな大きな魅力だなあと日々感じています。

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細長い日本列島の、それぞれの風土・文化から生まれ、育まれた織りのきもの。これらのきものは、やはり手しごとの紬が好きな母の箪笥から。


そんなことで、まずは織りのきもの、特に手しごと満載の絣から私のきものライフは始まりました。次第に「絣ではちょっと」と思われる場所へもきもので出掛けたくなり、またコーディネイトの幅を広げるべく無地の紬を何枚か作りました(この話も前にしましたね)。さらに「紬ではちょっと」と思われる場面も増え、また柔らかものってやっぱりきもちいいー!という気持ちが高まって染めのきものにもぐんぐん気持ちが向くようになりました。

絣には絣の、織りには織りの、染めには染めの、それぞれ良さがあって、またふさわしい場というのがありますね。このあたり、植田さんのお話がきけましょうか(と、またまたお姉さまに頼っております)。

date: 2009年12月20日

subject: 木綿のきもの

from: 植田伊津子



年の瀬が近づいてようやく冬らしい毎日となりました。ここのところきものを着ておでかけする日が続いていますが、首もとを温めるストールが手放せません。

さて、先日の樺澤さんのヘア原稿。アレンジ小物を整理して紹介くださいまして、ありがとうございました。樺澤さんが書いていらしたように、わたくしのふだんは、リトルムーンのEコームとUピンを使って夜会巻きでまとめています。
きもの雑誌の髪型アレンジ頁も参考にしたりしていたのですが、「複雑なアレンジは必要ないし、美容師さんのようには素人はうまくできない」と悟り、もっぱら自己流となりました。

ふだんのきものヘアは、これでなんとかかたちになっているみたいで、「自分でまとめられるんですか」と出先で時折尋ねられたりもしますから、あまり見苦しくはないようです。

きれいにまとまっているように見えるのは、髪の長さやアレンジ前の下処理もポイントなのかもしれませんね。
自身にとってまとめやすい長さ(肩下10cmぐらい)にカットしていること、またアレンジする前に、大きなホットカーラーで全体を巻いて扱いやすくしています。

どこかでわたくしを見かけたらアタマもご覧になってみてください。ヘタなりですが、素人の和髪アレンジの参考になるかと思います。


本題にいきましょう。「染めと織り」という大きなテーマを取り上げている今月です。
佐藤さん、樺澤さんともはじめの一歩は織りのきものだったとのことでした。わたくしは二人とは違って「やわらかもの」から入りました。そこら辺りからまずお話しをしていきましょう。


[お古のほとんどがやわらかもの]
七五三の肩揚げのきもの、振り袖などの晴れ着以外で、母が私につくってくれたきものは鮫小紋のきものでした。大学入学時の18歳のときです。お茶会用として、一つ紋付きがいるだろうと誂えてくれたのです。

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右の朱赤の鮫小紋のきもの。妹も大学生になったときに、同じ色のきものをつくってもらいました。


それは、社会に出てからも、いろいろ役立ってくれました。というのも、お勤めをしていた淡交社という会社は、わたくしが入社した頃は古風な慣わしがあって、1月の仕事始め初日は「きもの」、もしくは晴れ着的な「洋服」を着て、新年の挨拶を交わしていました。

会社の先輩から「できたら、きもので来るように」と言われましたので、母と相談をし、手持ちの一つ紋付きの鮫小紋におめでたい扇文様の袋帯を締めて行ったものです。ただ当時は着付けがまったくできませんでしたので、美容院に行ってましたね。
その頃の私といえば、きものに対し、ふつうの人以下の興味しかありませんでした。

仕事をはじめて数年ほど経ち、子どもの頃に嗜んでいたお茶のお稽古をまじめに再開してみようとせっせと教場へ通いはじめ、1年ほどしたところで「お茶を極めるなら、やっぱりきものを着てやらなくちゃ。自分で着られるようになろう」と思い立ちました。

それを母に話したところ「それはいい! お母さん応援するわ。まず桐の箪笥とお稽古着がいるわね。いくつか見つくろって送るわ」。お茶をしている伯母たちも「やる気になってくれた」とたいへんな喜びよう。

ある日のこと。家に桐の箪笥がドーンと届き、あらゆるお下がりがやってきました。母の娘時代のもの、伯母のお古など、それは壮観な風景です。
大半が、やわらかものと呼ばれる「タレ物」のお稽古着でした。私の場合、祖母や母、伯母たちが皆お茶の人でしたので、そういう人たちのドレスコードの定番は、お稽古は総柄小紋に織り名古屋、お茶会なら無地の一つ紋付きに袋帯なのでした。

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左=祖母→伯母→わたくしのところに来た絞りのきもの。右=左より、扇文の江戸小紋(紋無し)、牡丹と扇の紋綸子、クローバーのような総柄小紋。20〜30年ほど前のものだと思います。


母や伯母が娘時代のきもののうち、淡色のお嬢さんらしい趣きのものは、使いすぎて色褪せ、お稽古着にさえならないほど傷んでいたので、もらうのを遠慮しました。また私も30代のいい大人になっていましたから、あんまりかわいらしいものには気恥ずかしさがあり「東京の人は皆シックなものが好みだし、なるべく地味なのを頂戴」とリクエスト。

そうしてやわらかものとのきものの付き合いがはじまったのです。

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江戸解の総柄小紋。これは母がお稽古着にといってつくってくれたもの。当時は上品でいいなと思いましたが、今の好みからいえば地味だなーと思います。60〜70歳になっても着られそう。ま、こんな感じの軽い9寸織りなごやを締めて普段着に。


[織りのきもの]
そもそも私がきものと付き合いはじめたきっかけは「おしゃれ」ではなかったといえます。
私のきものは茶道を習得する手段でしたから、運動をするために体操着を着る、みたいな感覚に近かったんじゃないかなと思うのです。

けれど、きものを着はじめてみたら、むくむくと元来の好奇心が頭をもたげ、ていねいな仕事がほどこされるきものの存在そのものに、急速に魅了されました。
それでも、わたくしは自分にとって身近であった染めをまず親しく思い、それから徐々に織りものにも興味を広げていったのでした。

その頃、仕事上で知り合った一衣舎さんや、昔から顔見知りであった沼袋の山田屋さんからは、「糸味」「着味」という視点を教えてもらったり、東京のさまざまな呉服屋さんたちを訪れるようにもなって、自前でもきものをつくり、実践を通してきものの目を肥やしていったのです。

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譲られたきもののうち、3枚だけが織りのきものでした。これはそのうちの2枚。両方とも何織りのきものか、いまだわかりませんが、茶色のほう(上)は大島紬に使用されるテーチ木の染めの色に似ています。紺地に赤の花柄のラインのきもの(下)は、洗い張りを数度繰り返した紬。地が薄くなってすごく着心地がいい。お稽古に最適です。


[等身大の木綿]
わたくしの場合は、周りの身近な人たちがきものを着る人間でしたから「着たいな」と思ったときにきものを譲ってもらえる幸せがありました。
ですが、身内の誰もがあまりきものに興味がない方もたくさんおられます。

そういう方がきものを着たいと思ったときに、手軽につくれて、着付けもうまくできるきものは何かと考えたときに、木綿のきものが有効であると私は思っています。

というのも、わたくしも木綿のきものを重宝しているからです。今は一般的にほとんど見かけなくなりましたが、木綿はその昔の普段着。きどらず着られますし、やわらかものより着付けもしやすいんですね。

わたくしのお稽古場に、桃色と藍の縞模様の木綿の単衣を着てお稽古にいらっしゃるNさんという人がおられます。Nさんは70代のご婦人で、彼女に「これは木綿ですよね」と尋ねたとき、「木綿のきものは単衣に仕立てるでしょう。歳をとると気楽に着られて、汚れても自分で手入れができるものがいいわ」と。

そうなんです。自分で洗えるって、やはり魅力的なんですよね。同感。
ポリエステルの洗えるきものも愛用するわたくしですが、自然素材の木綿の肌触りは格別で、なにより「健康的」な感じがして元気になれます。
裾さばきが悪いのは事実ですが、つねの普段に、さやさやと衣ずれの音を立てなくても、支障はほとんどないように思うのです。

それでも、わたくしなりの贅沢をいえば、木綿でもタレ感のある感触のものがいいですね。浴衣ほどの頼りなさは困りますが、たいがいの木綿は感触が堅いといえます。なるべく細い糸で密に織られたしなやかなもの、そして腰もある木綿なら、なお着やすいと思います。

最近はインターネットで木綿を売っているところがありますが、生地のやわらかさを実際に自分で触って確かめられると安心ではないでしょうか。

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ずいぶん前に一衣舎さんの個展でつくった館山唐桟の斉藤裕司さん製作の木綿のきもの。これはまったくお安い木綿ではなく、わたくしにしたらかなりきばって購入したものです。植物染料で染めて手織りした後、砧で布を打ち、しなやかさを生み出します。手間もかかっていて、木綿とはいえないほどの光沢。ここで例に挙げるには、上等すぎの木綿かもしれません。
けれど、このぐらいの木綿ならば、紬と同レベルに使用しても遜色がなく、かなり役立つことは請け合いです。私はお稽古以外のお出かけにも使用しています。


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一衣舎さんの木綿のきもののお仕立てでは、裾さばきをよくするために、洗える絹を裏につけます。それで足さばきは格段にアップ。袖口も同様に同じ絹の裏を。木綿の表地に絹の裏地を合わせたら、洗ったあとの布の釣り合いを心配する人もいるでしょうが、洗える絹なので縮みません。押し洗いをして7割方乾いた頃にアイロンをかけて仕上げます。


ただ「やわらかい木綿は膝が出やすいじゃないか」という意見があるかもしれません。確かにその通り。木綿の単衣は、絹の袷物にくらべると1枚だけなので膝が出やすいですね。

でもふだんの椅子生活ならば、それほどのことはないですし、もし正座を長時間おこなうお茶のお稽古に着るということでも、木綿のきもののの下に長襦袢(居敷当てのある長襦袢なら、なおよし)と裾よけをきちんと着用すれば、膝が出ることは出ますが、許容範囲として受け止められるのではないかしら。

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単衣の木綿といえば、ふつうはコレ。裏地はありません。浴衣と同じバチ衿ですが、居敷当てはあります。裾さばきが気にならないかといえば嘘になりますが、木綿とは本来こうしたものであると思えば、特段問題とは思いません。お茶のお稽古に着用して、長時間正座もしています。

木綿のきもので、値段も扱いもニコニコできるのは、たとえば染織こだまSさんのHPなど拝見しているとうれしくなりますね。


わたくしは、麻や紅梅などのパリパリとした身体に添わないきもの、また結城のような地厚で嵩高いきものは「いかつく」見えるのであまり好まず、基本的に身体に添うものが好きです。

とくれば、一般的にはやわらかもの。また、紬ちりめんみたいに染めと織りを足して2で割ったような生地、紬でも糸が細くて打ち込みのしっかりとしたしなやかなもの、というテイストに手が伸びますね。織りならば「御召」という生地が大好きです。

次回はぜひ、わたくしが年を追うごとに好きになっている「御召」について取り上げたいと思います。

date: 2009年12月24日

subject: 染帯偏愛

from: 佐藤文絵



樺澤さん、髪のお話をありがとうございました。きもの姿の髪型はずーっと課題だけど、話題のEコームのおかげでだいぶん楽になりました。ただ私の髪は細く少なく、腰のないヘナヘナ髪質なものだから、ちんまり小さくなってしまうのが依然悩み。植田さんからおききした「事前に固めないヘアスプレーをしておくと腰が出る」というのも試してみたのだけど、まだあまり上手にできません。それでもプロの手にかかるとしっかりボリュームが出るのだから、やればできるはず…。正しい位置で逆毛、ホットカーラーなどなど、きちんとした場面の多い年始に向けて、もっと工夫しよう!と改めて思いました。そしてホットカーラーを早速購入しました(笑)。

今年の2月でしたっけ。3人で集まった日はそんな髪型の話でもおおいに盛り上がりましたけども、植田さんは前回紹介してくださった館山唐桟のきものを着てらっしゃいました。館山唐桟のなかでも厚手の「七々子」という生地だったと思います。私の母も着ていますし、友人にも愛用者が多くよく目にするのですが、ほんわりと柔らかでしっとりとした風合い、腰もあり、いつもすてきだなあと思いながら見ています。裏地をつけた上質な木綿は、おっしゃるとおり最初の一枚にぴったりかもしれませんね。

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うすいグリーンの館山唐桟。しなやかな風合いは写真からも伝わるでしょうか。ちなみに植田さんが手にしているのは・・・たまごっち(笑)。ピロリロリンとおもむろに電子音がして「佐藤さんちょっといいかしら。じつはわたし、この子の世話をしなくちゃいけなくて…」とバッグから出てきたのがコレです。お茶目!


先日紬の「嵩高さ」についてご質問がありました(こちらです)。結城紬は普通の紬に比べて糸がとても細いゆえに、生地は決して分厚くなく、しなやかなはず。ただし織る段階で糊をかけますから、反物の状態ではバリバリしていますよね。仕立ての前に糊を落とすわけだけど、糊をどのくらい落とすかによって風合い(嵩高さ、身体に沿うかどうか)がかなり異なると思います。
私は機械織りの結城紬(作り手から本結城とほぼ同じ糸を半自動織機で織ったものとききました)を着ているのですが、糊落としはやはり結城の職人さんにしてもらいました。どのくらい糊を落とすか選ぶことができます。最初からしなやかに着たければしっかり落としてもらう、まずはしゃきっとした風合いを楽しんで、洗い張りで徐々に糊を落としていくならほどほどに、といった具合です。新しい紬を下ろす際は、まずは単衣で着て、洗い張りを何度かしてくたっとしてきたら袷にする・・・そんなふうに育てるように楽しむ人もあるようですね。

とはいえ、織りのきものは「堅もの」と言われるとおり一般的には嵩高く、染めのきものは「柔らかもの」と言われるとおり身体に沿いやすいもの。私は先日お話したとおり紬からきものライフがスタートしたので、ある日久しぶりに(好んできものを着るようになってから初めて)柔らかものをまとったとき、びっくりしました。鏡のなかの自分がいつもよりずいぶんほっそりしていたのです。私はなかなか骨格が立派で、筋肉も脂肪もそれなりに・・・なのですが、そんなことはさておき、とにかく当社比85%くらいの印象。これは嬉しい!
また柔らかな肌触りにうっとりとして、何となく縁遠く感じていた柔らかものを紬と同じくらい好きになりました。

そして柔らかものを着るときは、柔らかもの=染めもの全開モードでいくのが好みです。染めのきものに織の帯ではなく、染めのきものに染めの帯。

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変わり縮緬をベースにした江戸小紋(角通し)は、この先ずーっと着ていけそうなベージュ。今しばらくは同色系の縮緬の帯や赤系の塩瀬の帯を合わせて明るめに。


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紋意匠の色無地にも染帯。古典柄なら少々改まった場にも。総柄ならもっと軽い場に。


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織りのきものには織りの帯、もしくはこんな型染・紅型を。


塩瀬+友禅の染帯は染めのきものに。綸子+絞りも同じく染めのきものに。縮緬+友禅は染め・織りどちらにも。型染・紅型は織りのきものに・・・というのがだいたいのルール。

礼装・盛装なら染めのきものに織りの帯がお約束。そこまでいかない場には、染帯のほどよい軽さが居心地よく、また染め+染めの組み合わせは、身も心も柔らかく女らしい気持ちにしてくれて、嬉しいのです。

date: 2009年12月26日

subject: 結城紬考

from: 植田伊津子



わたくしが先日書いた記事に対して、のこさんからこんなコメントが寄せられました。

結城は地厚で嵩だかとありますが、そうなんですか?
私のイメージしている(というか知人の着ていたものを触らせてもらった時のイメージです。)結城は、他のかたものと違い、薄くてそれこそ羽衣のようにふんわりしているものです。
さすが結城、一般のつむぎと値段が違うだけのことはある、と思い私も購入を控えているのですが。
本場結城ともなると100万円近いお値段です。
買ってしまってから、地厚で嵩だかで身に添わないとなると、かなりショックなので、アドバイス頂けるとありがたいです。
私のイメージはふんわり軽くて、羽衣のようで、身に添う結城です。
身に添うという点ではやわらかものにはかないませんが、軽さややわらかさは勝るとも劣らないと思うのですが。


今日はこの質問について、本編で取り上げたいと思います。先日佐藤さんの原稿の中でもふれてくださっていましたね。
予告をしていた御召の話は、次回ということでお許しください。私は先日の原稿で、結城について以下のように書いておりました。

わたくしは、麻や紅梅などのパリパリとした身体に添わないきもの、また結城のような地厚で嵩高いきものは「いかつく」見えるのであまり好まず、基本的に身体に添うものが好きです。


結城紬のある一面をいささか乱暴な言い方で表現したのかなと思わないわけでもないのですが、それについてもう少し詳しく説明したいと思います。

ところで、マニアックな当ブログ「きもの*BASICルール」の読者の皆さんは、結城紬についても当然基礎知識がおありだと思います。けれど念のために「結城紬とは何か」について、おさらいしてみましょう。

[結城紬とは]
これは茨城県の結城市を中心に、鬼怒川沿い一帯の茨城、栃木県にまたがる地方で古くから織られている紬を指しますよね。

繭をいったん「真綿」にし、それを手紡ぎして織り上げたもの。絹でありながら、木綿風の素朴な味わいが特徴といわれます。
もともとこの地は養蚕が盛んで、良質の繭を産する一方、農村の副業としてクズ繭を利用した紬織りの地でもありました。平安中期には「常陸あしぎぬ」、鎌倉時代には「常陸紬」と称されて、全国にその名を知られてきたところです。この地方の織物は鎌倉武士の嗜好に合ったものとして好まれてきました。

はじめは白紬か色無地ばかりでしたが、江戸時代に縞柄がつくられるようになったようです。『和漢三才図絵』(1712年)という書物では、「常州結城より出づるを上とす。信州これに次ぎ……」という表記が散見されますね。

結城紬といえば、多少きものに詳しい方なら「○○亀甲」などという絣柄をイメージされることでしょう。結城にこの絣の表現が生まれたのは幕末の頃。この○○亀甲のところに入る数字は、反物の幅に並ぶ亀甲の数を示しています。
たとえば、横幅に80の亀甲柄が並ぶものは、80亀甲(80細工)と表現しますね。現在は、100細工の商品が市場によく出回っています。

さて、幕末の頃に生まれた絣柄は、トンボ・十字・井桁といった比較的かんたんなもので、細かな絣表現は明治以降のものです。明治20年代はまだ30亀甲で、30年代に50亀甲の細工絣が出現しました。
その後、この絣文様は結城の代名詞的表現ともなって、細かさを追求していきます。

きものから洋服へと変化する時代の波にもまれ、結城紬も「日常着」から伝統工芸品や嗜好品へと変化し、実用性から距離を置くようになります。
200亀甲ともよばれる細かい絣がつくられたりもして(200亀甲といえば、亀甲の横幅が2ミリほどしかありません。天文学的な細かさといえましょう)、何千万円もの値段がつけられたりもしています。


[結城紬の工程]
結城紬の値段が高いのは、糸紡ぎ、絣くくり、いざり機による機織りの3製法だけでなく、工程作業のいずれもが膨大な人力の上に成り立っているからです。とくに平織りの3製法は、昭和31年に重要無形文化財にも指定されています。

その製法を簡単にたどってみましょう。
まず繭を真綿にし、これを「つくし」という台にからませて、指先を唾液でぬらしながら糸を引き出します。糸は「おぼけ」という小桶のなかに入れておきます。
おぼけいっぱいを「1ボッチ」といい、紬を1反織るのに必要な糸は7ボッチ。1反の糸量を紡ぐにはひとりで約1ヶ月以上かかるそうです。糸の総重量は600グラム弱ぐらい。500mlのペットボトル1本分ほどの重さといえば、具体的にイメージできるでしょうか。

それから経糸緯糸別々に目印の墨付けをして絣を木綿糸でくくっていきます。これは男の人の役割。総柄で複雑な模様だと、絣くくりに幾日も時間を費やします。
しっかりと糸をしばっておかないと絣模様がくずれてしまいますし、糸にねじれをおこさないように正確にくくっていかなくてはいけません。じつに体力と根気のいる作業といえるでしょうね。

それから染色をして、糊付けをします。
真綿の手紡ぎ糸というものは、いわば糸にデコボコがあるやわらかな状態で、そのままの糸を機にかけたら切れやすいのです。糸の表面を糊つけすることで均一にならし、機織り時の作業をしやすくするというわけです。

ようやく最終段階。
いざり機という昔ながらの機で織ったものは、結城紬の証紙右側に「地機(じばた)」と表記。これが本来の結城紬に使われていた機です。いざり機は経糸を腰で吊る構造なので、必要なときにだけ経糸のテンションを加減できます。これが地合のソフトさにもつながっています。
また、地機以外に「高機(たかはた)」でもつくられます。値段からいえば、地機のものは高く、高機は安めの値段で提供されます。

繊細な手紡ぎ糸を絶妙の加減で糸を切らないようにしながら織り上げられる結城紬は、織物の最高級品。まさに堂々とした風格を感じます。

[結城紬は地厚で嵩高いのか?]
さて、本題です。
結城が「地厚で嵩高い」と先日わたしはそう表現しましたが、実際、薄手の結城紬はあります。
それは160細工や200細工の結城紬です。これだけの細かな絣を表現するためには、髪の毛1本分ぐらいの糸の細さでなくてはいけませんから、これらはとても薄い織物です。裏が透けて見えるほどでしょう。

現在、もっとも流通している6、70万〜100万円台の無地紬や飛び柄の紬は100細工の糸を使用しています。それらは160細工や200細工にくらべると糸は1.5倍ほど太いはずです。

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最近の結城紬の飛び柄。まだ一度も洗い張りに出しておらず、着ている回数もさほどではありません。
おそらく100細工の糸を使用しているのでしょう。ハリがそこそこありますから、反物が「元気」です。着用した場合の個人的な感想は、やはり「バサバサ」「嵩高い」「男らしい」って感じがします。でもそれを補って余りある糸味の魅力。大切に着ています。


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洗い張りをした20年ほど前の結城がありますので、それと先ほどの最近の結城紬を比較してみます。こちらはとってもやわらかい。フワフワですね。少々毛羽があるのがわかるでしょうか。もう厚さや堅さを感じません。
右の写真は光にかざしたところです。裏の手のひらが透けて見えますね。ここまでくると「しっとり」。


とはいうものの、糸が「重い」かといえば、そうではありません。機械とちがって、人の手によって引き出された手紡ぎ糸を使用していますから、やっぱり軽いのです。重めのちりめんなどとはくらべようもありません。
ですから、のこさんがおっしゃるように「それこそ羽衣のようにふんわり」という表現はまったくその通りで、一般的な機械織りの紬にくらべたら、100細工の糸を使用した無地結城紬であったとしても軽いと表現できるでしょう。

たとえばカシミヤの織物は、密度が高いやわらかな糸で織られますね。乱暴な言い方をすれば、結城紬はカシミヤみたいなものかなあとも思うのです。

糸が空気を含んでふんわりとしているから、たとえば結城などは真冬に着るのがよいともいわれます。均一ではない深みのある糸の表情、これが結城の特性。
こうした特性を、「地厚」「嵩高」「頼りない」というふうに感じるわたくしみたいな人間もいれば、そうととらない人も当然おられるはずで、そこら辺りの判断は個人差があるかもしれません。

わたくしは身長も身体の幅も人並みよりやや立派なほうで、体型をカバーするためにも、できるだけコンパクトに見える生地選びをしている人間です。
しかし、もしわたくしが骨張った身体つきで冷え性だったとしたら、やせた身体をソフトに見せ、そしてあたたかくて軽いという結城紬を積極的に取り入れたいな、と思いますね。


[添う、添わない]
「結城紬は寝間着にしてからきものにするとよい」という言葉がありますが、結城の着はじめは丈夫さが身上で、洗い張りを繰り返すほど、毛羽が落ち着き、糸に艶が出て、身に添うようになるともいわれてきました。
近代(幕末明治頃)の結城紬といえば男性用の需要が主でしたから、今よりずっと太い糸で織られていたそうです。それ以前の江戸時代の結城は裃のようにバリバリとしたものもあったとか。
結城にはそういう背景があるんですね。

ところが消費者側の希望によって、時代の流れで糸はどんどん細手になり、はじめから「こなれた」感じの着味が求められるようになりました。現在は、100万円以上もするような結城を寝間着にしてからきものに仕立てるなんてことはありませんね。
ですから、仕立て上がった当初からやわらかい感触の織物が、今の結城紬だともいえます。

ということは「結城は身体に添いますよね」と言われたらそうだと言えますし、「そうはいっても、織物なんですから身体に添いませんよね」と尋ねられたら、そうだとも言えますし……ようは着手側の好みに何が合致するかではないかと思うのです。
後述する「糊落とし」によっても風合いは変化します。

ただそのいっぽうで、使用する糸が細くなれば、丈夫さから遠ざかるのは事実。
もとより、ちりめんや御召のように糸に何千回転という撚りをかけているわけではなく、真綿の手紡ぎ糸なのですから、太い糸につくらなければ弱くなるのは仕方ありません。
ロープの構造を見てもわかるように、糸は強い撚りをかけると、糸の太細にかかわらず強度を増すのです。
ですから、日常的にきものを着て、にじったり立ったりする動作を繰り返す人からは、今の結城紬は頼りないという意見があります。そうかもしれません。結城紬のきものは、もはやデリケートな工芸品なんですね。

結城紬のある製造元の人がこんなことをいいました。
「結城紬のこのような性質は、短所、長所というよりも、特性なのだと思います。ある人にとっては長所にもなり、違う人にとっては短所にも見える。でも結城は最高の織物ですよ」

まったくわたくしも同感です。
「自分のきもの生活で、大切なポイントは何か」という点は、着る人間によって変わって当然ではないかと思われるのです。

そしてそれらのいろんな折り合いの要点の中では、値段も大切な一面です。結城の弱点を挙げるとしたら、高額商品である、という点で異論はないでしょう。
でも安くできるわけがないんですよ。本物の結城紬は、あらゆる人のとてつもない努力の上につくられる最高位の紬なのですから。


[追記1]
店頭で結城紬を見たときは、反物がゴワゴワとした状態で売られています。これは糊落とし前のもの。先日佐藤さんもそう書いていらっしゃいました。

購入が決まったら、小売店は業者に「糊落とし」を依頼し、糸についた小麦粉糊を落とします。糊は機織り作業前に、糸のデコボコを均一にして織りやすくするためのものであるのは前述したとおり。
糊落としによって、その後の風合いが左右されるため、これには熟練工の手が必要とされます。

[追記2]
先に、最近の結城はやわらかくできている、はじめからこなれた着味のものになっている、と書きましたが、呉服屋さんの店主のなかには、やや太めの糸で堅い地風が好きな方もいて、そういう趣きの結城紬を仕入れているところもあると聞きます。

というのも、結城はまさに家内制手工業なので、正確に言えば糸の選び方や糸の本数、織り上がりの風合いにしても、機を織るその家の好みというものがあります。織物製造卸メーカーや問屋さんでは、堅めが好きな小売店には堅めの地風を織る機屋の商品を勧めますし、やわらかめが好きな小売店にはやわらかい地風の機屋の商品を推薦しているはず。
結城紬でも全部が全部やわらかくてしなやかというわけではなく、糊落とし作業や地風の若干の違いによって、やわらかめ〜堅めの微妙な幅が出ますね。

date: 2009年12月29日

subject: 時を重ねた糸の愛おしさ

from: 樺澤貴子



今年も残すところ3日となりました。桜がほころぶ季節からスタートした〈きもの*BASICルール〉も、あっという間に10ヶ月が過ぎましたね。何事にも研究熱心でそれをきちんと実践している植田さんや、じっくりと熟考して丁寧に好きなものをそろえている佐藤さんの姿勢は、往々にして一目惚れ&行き当たりばったりの私のきものライフにじんわりと響きました。これまで私は、少し焦りすぎていたのかしら・・・・・・このブログでの往信は、ちょっと立ち止まって箪笥の中を見直し、自分の好みや方向性、これから欲しいものを考える好機となっています。ブログを読んでくださっている方も、私たちのエピソードをサンプルに、いろんな気付きに出会えていたら嬉しいです。

さて、このところ結城紬の話題が熱を帯びていますね。今日はまず、私の結城紬体験を少しお話したいと思います。私がきものを着始めた頃は紬ブームで、ことに「しゃっきり大島に、ほっこり結城」などと紬の二大ブランドとして大島紬や結城紬がもてはやされていました。そんな時でも、私は皆が左を向くと右を向きたくなる生来のひねくれ者なのか、ブランド紬に関心がもてませんでした。もちろん、価値ある物であることは十分にわかるけれど、まわりの熟達者が「あなたには、まだ早いわよ」とアドバイスしてくださったことも影響し、当時20代だった私には身の丈に合わないものだと感じていました。

しばらくすると、小唄の師匠からお古の結城紬が舞い込んできました。実際に纏ってみると軽くて温かく、とても快適な着心地で皆が絶賛する言葉が「なるほど!」と腑に落ちました。お古だったこともあり、糸の緊張がとけ体に馴染むような寄り添い方を感じることができます。実際に体験したことで、ひねくれ者の偏見が薄らぎ、「結城紬っていいな〜」と素直に思えたのは、つい4〜5年ほど前です。そんな経験をもとにあえて言うならば、新しい結城紬を求めるのも、もちろん素敵なことですが、古いものに抵抗がなければまずはアンティーク店で熟成(?!)されたものを求めるというのも、ひとつの選択肢ではないかと思いました。お店によって異なりますが、無地の結城紬なら20万円前後で、状態のよいものが手に入るはずです。

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お古の結城紬。戴いておきながら恐縮ですが、「地味だなぁ」というのがファースト・インプレッション。左:「地味なものは派手に、派手なものは地味に着る」という、檀ふみさんのエッセイにヒントを得て華やかな染め帯を締めたら、自分の年齢に相応しいスタイルになりました。右:地味+地味=モダンという、ワントーンコーディネートも上手く着こなせた例です。


次に出会った結城は、以前もご紹介した新井薬師の骨董市。行商のおじさんによると「高機の結城だから1万円でいいよ」という破格値。焦げ茶地にクリーム色と赤の十字絣が愛らしく、着丈も裄も短かったのですが、優しくどこか懐かしいような味わいに惹かれ求めました。洗い張りと仕立て直しをお願いした呉服店の方には、「これは結城縮ですよ」と言われ、それまで結城縮の存在を知らなかった私は「?」マークでした。

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左:洗い張り後に胴継ぎをして、好みの胴裏をつけたら新しく生まれ変わった結城縮。右:植田さんが前回20年前の結城紬の写真を載せてくださいましたが、こちらも古いもののため、透けるような薄さです。


このブログをお読みの方は、ご存知かもしれませんが念のために。結城縮は、本場結城紬に分類される反物の一つで、当然材料も平織りのものと同じ手紬糸を使います。手紬糸に強撚を加えるため、撚っている最中に糸が切れたり剥がれたりしないように、品質の良い糸を厳選して使うとか。世界文化社の『きもの用語の基本』によると、一般的に袷にする結城紬に対して、春先と秋に着るきものとして考案されたのが結城縮だとあります。確かに、ふっくらと柔らかな結城紬に対して、結城縮は「ふわシャリ」とした質感。洗い張りをしたら私も単衣で着ようと考えたのですが、生地がかなり危うい状態だったため、裏をつけて袷に仕立てました。

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左:『きもの用語の基本』に掲載されている写真をみると縮のシャリがよくわかります。右:長い時を経て糸そのものを叩いたような艶があります。求めた時から、所々に弱くなった部分を当て布で補強して丁寧に着ている名残がありました。


元々結城紬は縮の割合が多かったそうで、今では信じられないことですが、一時は結城紬の平織りは衰退しており、保護する目的から重要無形文化財の指定を受けたという経緯があるそうです。今では、重文指定を受けた平織りが主流となり、逆に縮が衰退。数年前に問屋で聞いたところによると縮用の糸を撚る工房は1軒、機を織る工房は2軒を残すのみ。生産量が少ないことから「幻の縮」と言われているそうです。結城縮にも、当然地機と高機で織られたものがあり、証紙で区別されているのですが、私が求めたときには既に仕立てあがった状態のものでしたので、この結城縮の正確な素性はわかりません。行商のおじさんが「高機だから・・・」と言った言葉を思い返すと、これは高機で織られた結城縮なのでしょうね。


これから新しい結城紬を誂えたいコメントを寄せてくださっている方がいるなかで、古いきものの話ばかりですみません。でも、時を重ねた糸の艶ます風情は、織物ならではの魅力のように私は思います。私のワードローブを振り返ると、染め物は新たに誂えたものが多いのに対して、織物はほとんどが戴いたものや、内田みち子さんのきもの展で求めた時代ものでした。

最後に、私がおそらく初めて新品で求めた紬のお話を。それが1500年代後半に北陸地方で織られていたという奉書紬です。聞きなれない名称かと思いますが、これは西陣の佐竹孝機業店のご主人が加賀市織物組合から古来の製法の奉書紬の復元の依頼を受けて手掛けたものです。約35年前から石川県の山中温泉に工房を構え、繭から糸作り、糸の染め、織りに至るまで手掛けた熱い思いの込められた紬です。繊細な光沢や植物染めの奥床しい淡色に惹かれて、当時としては背伸びをして求めました。

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左:生地そのものは石目状に織られ、グレーとピンクの色合いが大きな市松どりに織られています。右:かなり細い紬糸で 織られているため、薄手で美しい光沢があります。


でも、実はまだ一度も袖を通していないのです。いえ、正確には出かける気満々で自宅では何度も袖を通しているのですが、着姿を鏡に映す度に「まだ早いな」と感じる何かがあって、外出するまでに至らないのです。年月を経た紬ばかり着ているため、体が感じる違和感なのか、織物に糸のこなれ感を自然と求めてしまうのか・・・・・・。単衣に仕立てたため出番となる時期が短いこともあり、かれこれ5年は寝かせています。今回写真を撮りながら「そろそろ出番かな」と語りかけてみましたが、これから自分で糸の風情を培っていく過程を楽しみたいと思います。来年の春には日の目を見る事ができますように〜!

今年最後の原稿はここまで。来年もご愛読のほど宜しくお願い致します!
どうぞ皆様が穏やかなお年をお迎えになれますように。
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