date: 2009年10月04日

subject: まずは文様の話から

from: 佐藤文絵



この週末は気持ちのよい秋晴れでした。夜は絶好のお月見を楽しまれた方も多かったのではないでしょうか。
初秋から晩秋へと向かう10月・11月は、季節の移ろいにひときわ敏感になる期間。銀杏が色づきはじめたなあ、ススキが風に揺れている、赤ワインが美味しい季節がやってきた――などなど、日々感じている季節感を、装いのどこかに含ませたくなります。今月はそんな“季節”の話題です。

季節をあらわすものというと、文様、素材感、そして色が挙げられると思います。
まずは文様について、話をはじめましょうか。

何ヶ月か前に、おふたりにメールでご相談させてもらったことがありました。
「六月下旬の結婚パーティ、どちらがいいと思いますか」
単衣の無地に合わせる帯に迷っていたのです。

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メールでお送りした2枚の写真。左=華やかさをとるならサーモンピンクの絽の帯。ただ楓と銀杏を主にした吹き寄せは秋に向かう風情かしらと少し気がかり。右=透け感の強い紗は早すぎる?軽めの会とはいえ、結婚パーティには地味な気も。


植田さん、樺澤さん共に、華やかにいきましょう、サーモンピンクの絽!と即答でした。また文様について「絽の柄は、銀杏と楓、松葉みたいですね。青銀杏、青楓と解釈すればよいので、6月に着てまったく問題ありません」と植田さん。そうよね、白糸の刺繍なのだもの、そう解釈しよう。すっきり納得して、左のコーディネイトで出席しました。

四季の草花を描いたものは、楽しいのと同時に、迷うこともしばしばです。例えば椿。先月樺澤さんが“ファースト帯”ということで話してくださいました。ふむふむ、11月から1月にかけてヘビーローテーションとのこと。私はもう少し欲張って、より長い期間、気分と相談しながら椿の帯を締めています。

もっともっと短い期間限定の文様もたくさんありますね。
私にとっては、桜の染帯、藤の刺繍帯がそれ。桜は「日本の象徴的な花なのだから通年着てもいい」「いややはり桜の季節限定」「開花してからは野暮、先取りのみ」――考え方は本当に人それぞれだけど、私は梅と桜の間の季節がしっくりきます。一方であまり桜桜した表現ではないのだから、春に限ることはないのかも…そんなことも思うのですが、今のところは期間限定。
藤の花は5月の初旬が最盛期。桜がひと段落したあたりから5月中旬くらいまでが出番です。

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左=母の小紋を仕立てなおした桜の帯。岐阜の名桜・淡墨桜(うすずみざくら)を描いたものときいています。宵の時間帯を思わせる色遣い。右=この藤の刺繍はお友達が刺したものなのですよ。きれいでしょうー。繊細なグラデーションが見事。


一年のある期間にしか身につけることができない。このことは寂しいようでいて、再会の喜びがひとしお。ああまたこの季節が巡ってきたと、うきうきした気持ちになるのです。ワードローブの中にこういったものが数点あると、とても贅沢な気分を味わえるなあと思います。だから、あえてその季節だけのために、大事にとっておいているのかもしれません。

文様については、おすすめの本が一冊あります。文様の解釈に迷ったとき、自分なりの答えを探すのに参考にしています。

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世界文化社の新刊『きものの文様』は、きものの文様の格や意味、季節についてまとめられた一冊。文様ごとにふさわしい季節、お正月向き、通年使える文様、といった基準が書き添えられているのが有難い。


そうそう、先月樺澤さんがしてくださった“染め帯の素材から考える「季節」”の話は、とても興味深かった。初秋は塩瀬、晩秋から冬にかけて縮緬、このあたりは「うんうん、そうよね」。だけど「光沢のある紋綸子は秋のなかごろ」「絞りの帯は11月〜2月」「木綿の帯は春が似合う」などといった感覚のこまやかさに、さすがと感心。続きのお話も楽しみにしてますね。

date: 2009年10月08日

subject: 季節と文様

from: 樺澤貴子



佐藤さんのお話、とっても共感できました。さっそくですが、今回は私も引き続き文様のお話をしたいと思います。

[季節が明確な桜の文様はいつまで着られる?]
まずは花の咲く時季が明確な桜の文様についての素朴な疑問です。佐藤さんも触れていらっしゃったように、期間の限られた文様は再会の喜びと贅沢な気持ちに満たされますよね。それと同時に、いつから解禁?いつまで許される?など、いささか有効期限に敏感になってしまいます。

先日のブログで、佐藤さんは桜の帯を「梅と桜の季節の間」に限定していらっしゃるとおっしゃっていましたね。

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う〜ん、素敵。わずかな季節を彩る贅沢ですね。


一方、私の持っている枝垂桜の付け下げ小紋。友禅の写実的な描写と違い、遠目には枝の流れに小花が舞っているように見えます。私は陽射しが春の柔らかさを含み始めた2月の下旬頃から解禁としています。枝垂れ桜は染井吉野よりも開花時季が遅いということもあり、4月の中旬頃までは着ています。先取りに季節の情緒を映す日本人の美意識からすると「野暮ねぇ」と言われるかもしれませんが・・・。ブログをご覧の皆さんは、いかがでしょう?

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白抜きでシルエットを意匠化した型染めの連続性が、具象柄でありながら季節の適応範囲を広げて装える理由のひとつかもしれません。


また、着る時季が限られるきものや帯は、TPOとの関わりも大きいですよね。
たとえば、
・ 気軽な友人との会食なら桜の盛りでもOK
・ 桜を愛でる会やお茶席に桜の花が飾られることが予想される場合には避ける
・ 桜が散った後でも、観劇の演目が桜にちなんだものなら、敢えて着ていく
など・・・。会の目的や同行する方への心配りやマナーを合わせて考えると、花の咲く時季+αの装いが楽しめるのではないでしょうか。佐藤さんが、椿の帯を少し長めの期間で気分と相談しながら締めているということも、「そういうことかしら?」と想像しました。


[季節がありながら、季節なしの文様]
さて、続いては菊や梅など、花の咲く季節が明確でありながら、必ずしも季節が限定されない文様というものもありますよね。

まずは、私の菊の帯をご覧下さい。

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左上=菊の染め帯。左は縮緬地に菊唐草の型絵染めで、右は綸子地に菊と流水。
右上=菊の丸紋の織り名古屋帯。
左下=夏の袋帯・・・なのに菊


菊は花の咲く時季から考えると、秋をメインに締めたくなります。でも、夏帯の文様としても用いられているし、そういえば菊柄の浴衣も持っている・・・。そこで、佐藤さんがご紹介された『きものの文様』(世界文化社)を開いてみることに(私も愛用しています!)。菊のページを開くと「通年」「秋」というマークが入っています。解説を要約すると、次のようにあります。

中国から伝えられた菊は、長寿を象徴する代表的な植物。秋の花として愛でられるようになったのは、重陽の節句が日本の文化に根付いた平安時代からのこと。文様としては、菊の花や葉を写実的にデザインしたもののほか、菱形や丸と組み合わせたものなど多種多用。秋の花とされていますが、季節を問わずに用いることができます


「季節を問わずに用いることができる」という太鼓判は嬉しいものの、私のなかでは、同じ菊文でもひとくくりにはできません。たとえば、菊唐草の型絵染めの帯や菊の丸紋の織り名古屋帯は秋以外にも締めますが、手描き友禅による菊と流水の染め帯は秋限定で締めています。前者と後者の違いを考えると、文様として意匠化されているものと、写実的に描いたものとの違いがあげられます。写実的なものほど季節感をアピールしているように思えるので、上記のように棲み分けている次第です。おふたりはいかがでしょうか?

さらに、菊と同じく「季節がありながら、季節なし」という分類では梅も同じ。『きものの文様』(世界文化社)によると、「通年」「冬」「正月」とあります。また、梅鉢などは名物裂(利休緞子)にもなってりいるので、これはまったく季節とは関係なく使われますよね。私の持っているお気に入りの梅文は、捻梅の綴れの帯です。

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冬といっても、この帯は12月に締める事はなく、新春以降にお目見え。また、歌舞伎で成駒屋さんが主役をつとめる演目を見に行くときなどは、成駒屋の定紋が梅(正確には裏梅ですが)なので、3〜4月であっても梅の帯を締めていきます。



[見立てによる季節の表現]
四季のある花や植物で季節を表現するほか、私は全く違うもので季節を見立てることがあります。たとえば、下記の帯やきもの。鼓の帯は「音が鳴る」を「虫の音」に、金の無地の帯は「月」に見立てて、意図的に秋のはじめに締める事があります。また、ロウケツ染めの水玉のきものは、「雪」に見立てて冬に活躍する一枚。

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左上=鼓の帯は、腹帯は扇の柄に。気軽な踊りの会などへ伺う際にも活躍しています。
右上=前出の桜の付け下げ小紋と合わせて「夜桜に月」をイメージすることもあります。
左下=雪に見立てるほか、単純ですが雨に見立てることも・・・。雨降りの日にきものを着なければならない時に、少しでも楽しく装う工夫です。



[おまけ・・・]
花よりもさらに季節が限られのが、お節句やクリスマスなどの歳時記もの。雛人形の帯や七夕の帯などは、とっても憧れますが、締められる期間も短さを思うとなかなか手が出せません。そこで、苦し紛れではありますが、今のところはハンカチなどの小物で楽しんでいます。

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立ち雛や柊、コッポリなどの刺繍をほどこしたガーゼ地のハンカチ。京都の和装小物メーカー「衿秀」さんのものです。


今日の話題はここまで。
話は変わりますが、一昨日、10月に入って最初のお茶のお稽古がありました。近寄る台風にも負けず、きもので行きました。栗茶の無地の紬に、秋色の間道の織り帯、仲秋の明月の名残を込めて黄色の帯締めを効かせてみました。次回は、こんなふうに色で季節を表現するお話をしたいと思っています。それでは、植田さんにバトンタッチします!

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date: 2009年10月13日

subject: 季節とゆるく付き合う

from: 植田伊津子



おふたかたの文様のお話。とても参考になります。いかにしてよそおいに文様を取り入れたらよいかは、なかなか悩ましい問題で、当然個人差があるでしょう。

佐藤さん、樺澤さん、そして私なども「この文様は通年でもいいのかな。いや季節限定のほうがよいのかな」と始終迷っているのが正直なところじゃないでしょうか。いろんな本を参考にしたり、またトータルにコーディネートを考えながら、季節の表現と折り合いをつけているような気がします。

今日はまず、人はどんなときに季節感をよそおいに取り入れたくなるのかについて、私なりに考えてみたいと思います。
ところで、よそおいにおける季節感って、一体なんなのでしょうか?

もとより日本には、短詩型文学である短歌や俳句に季題を詠み込んで表現をする文化がありますよね。一葉の落ち葉や春の小川のせせらぎといった自然物に「自らの気持ちを託して」、言葉の迷路を楽しむようなところがあります。いつも話している日常の会話とは違っています。

日常の会話なら、意味がそのまま伝わればよいわけですけれど、ストレートに物をいうだけではなく、四季の変化や草花のそれぞれに心を寄せたり、突き放したりしながら、表現世界を豊かにしているのが、日本人の特性のようにも感じられるのです。

ひとつ例を挙げてみますね。芭蕉にこんな秋の句があります。

塚もうごけ我泣声は秋の風
(塚も鳴動せよ。私の慟哭の声は秋風となって塚を吹く)

これは、金沢の俳人・一笑という若い俳人が36歳の若さで亡くなった折りに読んだ芭蕉の一句です。塚というのは盛り土をした墓を指すそうです。
自分の泣き声が秋風になる、と表現することによって、秋風が玲瓏な悲しみをもたらしているようにも感じることができます。私には、「秋の風」という季語を借りて表された悲しみが、より深く、大きく見えてきます。

「春の風ではない。冬の風でもない。秋の風です。身にしみる秋風。秋風の透明さ。泣き声が透明な風に変身するという感覚。」(『芭蕉の言葉』佐佐木幸綱・稲越功一共著 淡交社刊より。先述の句の解釈も佐佐木幸綱氏)

季語が、季節だけではなく心情をも表すところに日本文学のおもしろさがあると思うのですけれど、季題を取り入れたら世界がぐっと深まる点を見つめてみたら、じつはきもののよそおいについても同じく、季節感がきものの世界を高める知的なテーマのように思われるのです。

私たちは、始終身近に四季のうつろいを感じ、文学をはじめ衣食住の場面にそれを取り入れてきました。いつでもさりげなくあたりを見渡せば、「季節感」という普遍的なテーマに行き当たります。季節感をよそおいに加えたら、隠れていたドアが開いてさらに奥に進んでいく気がしています。


[季節感を取り入れる]
きものには「衣更え」があって、6月になると単衣、7・8月は薄物、9月は単衣、10〜5月は袷という決まり事があります。今の気候と多少ずれていたりもしますが、これらの節目は季節を意識する区切りでもあり、きものの布地や帯の素材が変化することになります。

また私たちは、昔ほどではないにしても、いろんな歳時とともに暮らしていますよね。雛祭り、お花見、夏祭り、お月見、稲刈り、お正月……季節の行事で使用される物も、きものの恰好のモチーフといってもよいでしょう。きものや帯にこれらの絵柄をつけて楽しんできました。

また毎日の生活の中で感じる気候の変化や動植物たちの営みも、季節を強く感じさせます。歩き慣れた通勤路の街路樹が色づきはじめたのを眺めたとき。「あ、もうこんな季節」とふっと心が和らいだりするわけですね。
春は新芽の息吹く「若草色」や「桜色」、夏はいかにも涼やかな「白」や「藍」「澄んだ水色」、秋はしっとりと落ち着いた「葡萄色」や「茶系統」……というふうに季感の色が強く意識されるのです。

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静かな自然に対すると、はかなさや強さなど、いろんなことを教わる気持ちになりますね。右下=街の花屋さんからも季節の便りをもらいます。


今月テーマの口火を切った佐藤さんの原稿の中に、「季節をあらわすものというと、文様、素材感、そして色が挙げられると思います」という一文がありました。
仰せのように、よそおいはこれらの要素を組み合わせて表現するところがおもしろい「しばり」じゃないのかなあと思うのです。ところで「しばり」のない着こなし、季節感のないよそおいって悪いんでしょうか?

たとえば幾何学模様のきものに無地の帯とか、いわゆる「無季きもの」の取り合わせを見ると、こういう着こなしがきものの世界を元気にしているようにも感じます。それに洋服に近い感覚にも共感できます。

季節感のしばりって、考えすぎると自由度が少なくなって、その厳しさに息が詰まりますが、ただ無季きものだけの路線をずんずんと進んでいくと、これもまた自由すぎてくたびれちゃう部分もありそうですけれどね。
わたくし個人的には、しばりというよりも「ちょっと寄りかかれる何か」があるほうが安心する、みたいな部分があるんですけれど、皆さんはいかがでしょう。


[答えはひとつじゃない]
ところで私はお仕事でお目にかかった方から「桜のきものはいつからいつまで?」と問われたりすることがあります。じつをいうと、いつも単純に答えられません。
このブログで質問を寄せてくださる方々に対する私の答えも、毎度ながら長文になってしまいます。

『桜の蕾の頃、開花前2〜3週間ぐらいから、桜が散る頃までかなあ』
『桜が他の草花と一緒に描かれていて、それらが写実表現じゃなくパターン的な意匠ならば、長く着られそうだなあ』
『でも、桜の花びらが散った図柄で、ひと目見て桜とは判別できず、総柄小紋のようなものなら、通年着てもおかしくないし……』
『でもでも、それがどんぴしゃの桜色の地色で桜柄のきものならば、やっぱり桜が咲く前後の時期がよさそうだなあ』
『昨年は桜の開花が遅かったけれど、今年の桜の開花は早そうだからなあ……』

など、もうさまざまなケースを考えます。だからとっても悩みます。

ことほどさように、とくに文様については複雑。前回樺澤さんが、樺澤さんご自身の文様に対する考え方を披露くださって、私はそれに共感する部分がたいへん多かったのですが、それでも個人差があると思うんですね。
一概に「これは、この季節なんですよ」と断定できることはできないし、正解というものもないんじゃないでしょうか。

ということは、たとえばきもの初心者の方が、知り合いのきもののベテランに「これはどうなのですか?」と尋ねても、必ずしもそれはその方の個人的な見方でしかない、といえるんじゃないかと思うのです。
最終的にいろんな意見を集約して自分が判断するところに、季節を取り入れる知的なおもしろさがある、と私は考えているわけですね。それが結局「自分はこの季節をこう解釈している」ということにつながるし、その方の個性といえる部分じゃないかと思っています。

……なんだか今日はとりとめのないお話に終始したようです。反省しております。
気を取り直して次回は、もう少し実践的なお話を展開したいと思います。ではまた。

date: 2009年10月16日

subject: 文様のケーススタディをもう少し

from: 佐藤文絵



おふたりの文様の捉え方、季節についての考え方がとっても勉強になりました。きものの文様と付き合っていくうえで、自分なりの季節感をみつけていくうえで、確かな支えとなるお話でした。
特に共感をおぼえたのは「ちょっと寄りかかれる何か」という一文。すべてが自由なのは、楽しい面もあるけれど、逆につまらないところもあるし、またどうしたらよいのか分からなくなることも。ゆるやかな“季節感のしばり”を楽しんだり楽しまなかったりというくらいがちょうどいい。季節感を出すことは“決まり”ではないのだから、プラスアルファの楽しみとして、時にほんのりと季節を取り入れたいです。

それから「始終迷っているのが正直なところ」、これも仰せの通り。だけど「こうかな」「ああかな」と迷うことがトレーニングですよね。「あれは我ながらいまいちだったなあ」なんて失敗があっても、きっと少しずつ感覚もみがかれましょう。

なんだか話が戻るようですが、文様のケーススタディをもうひとつ。先日私たちのところに質問が寄せられました。それはこんな内容でした。

「母から譲ってもらった菊柄の小紋。今月(10月)能を見に行くときに着て行こうと思ったのですが、合わせる帯が見当たらず、呉服店にご相談したところ、蝶々の帯を勧められました。お値打ちだし、地色も着回しが利きそう!と飛びついたのですが、買った後でふつふつとわいてきた疑問――。
“蝶々って春のイメージなのだけど秋の菊に合わせても大丈夫なのかしら?”
お洋服の色合わせ的にはマル、なのですが、季節の感覚からいったらどうなのかしら、と思い始めています。いかがでしょうか?」


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送っていただいた写真がこちら。上品なコーディネイトですよね。


蝶は中国では長寿、ギリシャでは不死のシンボルとされているそうです。日本では平安時代から公家装束の有職織物に取り入れられており、また能装束にも。蝶をモチーフにした家紋もすくなくありません。等々から考えれば、蝶は《季節がありながら、季節なしの文様》と捉えてよさそう。

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左=たとえばこんな帯。蝶の羽には桔梗の花があしらわれ、文様化されています。この帯は明らかに通年の雰囲気。大胆な図案は能装束を連想させます。右=『お能の見方』(新潮社刊/白洲正子・吉越立雄著)をめくっていたら、ほぼ同じ描き方の蝶がそこにありました。文様には、その文様の成り立ち、含められた意味、そんなものがおそらく多々あるのでしょうね。気づくことができないことがたぶん殆どなのだけど、ただ見たままの印象を愛でるだけでなく、その奥を理解できるようになりたいものです。


とはいえ、樺澤さん、植田さんも書いておられたとおり、他のモチーフと合わせて文様化されたもの、パターン化されたもの、写実的に描かれたものとでは受ける印象が異なります。いかにも春らしい色合いで、春向きにと製作されたものもあるでしょう。

私は、メールに添付された写真の帯からは、ニュートラルな印象を受けました。秋らしいかといわれればそうではないけど、春のみにこだわることはないと感じました。でも、たとえば将来、帯が有り余るほどたくさん揃った暁には“これは春限定にしよう”とマイルールを設ける、というのは楽しいプランですよね。
そんなふうにお返事しました。それとこれはお返事には書かなかったのですが、付け加えるなら、10月に着る際は小物をもう少しこっくりとした色合いにしてはどうでしょう。白っぽいきものと帯にのせて、浮かない程度の秋色を差したい感じがします。

自分も含めて、きっと多くのひとが「どうなのかなあ」と悩みそうな《季節がありながら、季節なしの文様》をおさらいしておきますね。代表的なのはこのあたり。

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既出の『きものの文様』(世界文化社刊)を参照しました。詳しくはこちらの本をあたってください。解説が詳しくあります。



余談ですが、今日はこんなお菓子を祇園の鍵善良房にて買い求めました。定番の「菊壽糖」、普段は和三盆そのままの白一色ですが、秋には“彩り”と名付けられたものが店頭に並びます。やはり菊の季節に合わせてということでしょうね。この色合い、色合わせがたまらなく可愛いいのです。

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鍵善良房「菊壽糖 彩り」。ちなみに20個入660円。プチプレにもいいですね>樺澤さん
注)樺澤さんには『気持ちが伝わるプチプレ』という著書があります。ちょこっとした、気の利いたプレゼントとアイディアがぎっしりと詰まった一冊です(^^)


秋限定のお菓子。しかし掛かっている熨斗紙は桜と柳でした。つまり鍵善さんは一年通してこの熨斗紙なのだろうと思います。秋のうえに春が掛かっている印象を受けてしまうわけですが(笑)、こんなふうでいいんだと思えて、好ましいです。季節に厳密になりすぎたり、完璧を目指すことはないのよ、と諭されたような。

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左=モチーフも色もはんなり春。柳が横に流れる意匠がユニーク。右=祇園つながりでもう一枚。昨年のちょうど今頃にみかけた舞妓さん。お揃いのようにみな一様に塩瀬の染帯。だけど秋限定の文様は見かけませんでした。花かんざしは月替わりで、季節のモチーフがたっぷりあしらわれています。きものにはあまり季節のモチーフは使わないのかも。


先日樺澤さんが予告してくれたお茶のお稽古のきもの、素敵でした。色がヴィヴィットだから、元気な秋という印象。きものに秋色を取り入れると、渋くなりがちと思っていたんだけど、そんなことないですね。
数日前は知り合いがとてもきれいなチョコレイト色のきものをお召しでした。普段はあまり濃い色を着ない人なのだけど、ああ今の季節にこの色なのだなあと、うっとり見つめてしまいました。私は秋色がちょっと苦手なのですが、赤みを帯びた茶には華やかさがあり、いいものなのだと新しい発見。“きれいな秋色”が気になる今日このごろです。

気持ちと着るものがシンクロするのは、とても心地のよいものですよね。春らしい色や軽い素材をまとうと身も心もホントに軽くなって、スキップしたくなります。秋色が日に日に濃くなる今時分は、こっくりとした色や素材が肌に触れると、気持ちがほっこり温まるよう。次の樺澤さんの色のお話、楽しみにしてます。

date: 2009年10月22日

subject: 「色」はきものにとって最大の味方

from: 植田伊津子



樺澤嬢が諸事情のために当ブログの執筆がむずかしいため、今日はピンチヒッター、植田が担当します。樺澤ファンの皆さん、ごめんなさい(^_^;)。


さて、先日のブログでは「よそおいに文様を取り入れるのは知的なおもしろさがある」「その取り入れ方を見たら、その人の文様に対する尺度がわかる」という話をしました。

今日は、季節の色についてお話を展開したいと思います。

じつは私が持っているきものの7割方は、無季のきものや帯といってよいものです。
その時期のみしか着られないきものや帯はほんの少し。なぜかといえば、きものを着る機会が多いにもかかわらず、それらに掛けるお金が少ない私は、季節限定の柄付けの品は贅沢な一品だからです。

呉服販売のプロとおしゃべりしていた折り、彼らは「きものを着はじめたお客さまが一通りのものをそろえられたら、次に季節限定の商品をおすすめする」といっていました。
ということは、季節の草花を表した染め帯などは、必須の持ち物というよりも「あればベター」な存在だといえそうです。
まずは、季節を問わないきものや帯をそろえてから、次段階に「季節物」を取り入れるのが、きもの道の常套の手法なのでしょう。

ただ、前回先述したとおり「季節感」は私たちに寄り添う日常的なテーマです。「この季節を表現したい」と思ったとき、私の場合、どのようにして季節を取り入れているのでしょうか。


[きものにおける色の効果とは]
ところで、私の大学時代の友人のひとりに、色彩のプロであるカラーリストがいます。あるとき彼女と久しぶりにごはんを食べていて、きものの話になりました。彼女いわく、こういうのです。

「きものは『面』の衣装よね。畳んだら真っ平らになるし。細身やふっくらとした体型の違いが多少あるにせよ、シルエットはほぼ皆が同じといっていいと思うの。たとえば、ミニやワンショルダーのようにきもののかたちを変化させて着るのは芸能人ぐらいじゃない? 一般のきもの好きの人は、昔とほぼ変わらない仕様で着ているわね。

布の種類も、その世界では多様ではあるでしょう。けれど、「布以上でも布以下」でもなく、やはり「布」でしかないわ。洋服のファッションに使われる生地や毛皮、革などのバリエーションもないもの。

きものを着ない人間からすれば、あれだけの『面』を洋服で身につけることってないのよ。ということはわかる? きものって『色がすべて』といってもいいぐらいじゃないかしら。
自分に似合う色を見つけることは、洋服以上に大切なことだと思う。きもの専門のカラーリストって職業はないの?」

「どうかしらね。たぶん小売りの販売店の人が、自分の感覚と経験に基づいて、お客さまに合ったカラーを(着尺や帯)をアドバイスをしているのが現状だと思うわ」

「こういったら悪いけれど、きものにおける色の重要性がわかる販売員の方が、どのくらいいるのかしら。その人たちは、お客さまに本当に合った色をアドバイスできているのかなと思うわ。
たとえばよ、いっちゃん(恥ずかしながら、私は友だちにそう呼ばれています)は、自分に何色が合っているか知ってる?」

「そりゃ、私は一応あなたと同じく大学で色彩学を学びましたからね。少しはわかっているつもりだけれど」

「でも今着ているそれ、どうなのよ。結構いい加減じゃない?」

「(苦笑)……あいかわらずキツイわねー。確かに今日はそういう攻撃的なよそおいはしないで、ただ単純に友だちとごはんを食べるつもりだったから、手を抜いてきたけれど」

「きものにはいろんなアプローチがあって、たとえば『季節を表現する』なんていうのも、たぶん一番有効な手は『色』のチョイス。色を制するものはきものを制す、じゃないかしら」


私たちは大学時代をずっと一緒に過ごし、遠慮のない言葉はお互いさまの間柄のわけですが、私はこのときの彼女の言葉に一理ありと感じました。

通常、私たちの身のまわりにある日常の色は、色単体で存在することはなく、素材を伴って存在します。別の言い方をすれば、私たちは「素材の質感」を通して色を見ることになります。

私は、きものの生地にほどこされる色の世界をそれなりに見ていたつもりでしたが、もっと広くカラーを職業にしている友だちから眺めてみれば、きものの生地には、きもの寄りの人間が思っているほどのバリエーションはないというのです。
「素材の質感がさほど変わらないように見える現状がわかってないの」とガツンといわれました。

だとしたら、「色である」と。
きものを着るなら「戦略的に色を考えろ」というわけです。
自分自身をよりよくプレゼンテーションできるパーソナルカラーを見つけること。コーディネートの色を重視して、感情や季節、トレンドをも表現することを考えたら、きものはとってもおもしろくなるんじゃないか、という話に花が咲きました。


[季節の色]
きものは「素材、文様、色を総合的に組み合わせて『季節』を表現することができる」。それに異論はないと思います。その場合、季節物の文様商品をさほど持たない人こそ、色を吟味して用いるのが、季節感を表現する有効な一手となるような気がするのです。

たとえば一番取り入れやすいのは、小物のチョイスかもしれません。きものと帯の組み合わせは、春・秋・冬と同じであっても、帯揚げや帯締を季節を意識した色を挿せば、それだけで「季節感」が生まれます。

たとえば先日ご紹介くださった樺澤さんの持ち物のなかに、グレー地にろうけつ染めで雪のようなドット柄を描いた小紋と銀綴れの帯がありました。

今回はモダンな組み合わせであるこれらに、私物の帯揚げと帯締でどのくらい季節感が出せるものかを実験してみたいと思います。
呉服屋さんのようにたくさんの小物を持っているわけではないので、取り合わせには限りがありますが、一例として参照いただければ幸いです。


[春になれば]
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春は、鮮やかな黄色や黄緑といった色が印象的に映ります。帯揚げはあえてちりめんを用いず、薄手の紋綸子を使いました。ちりめんの帯揚げは少しかさ高く感じるのです。

長い冬を越した木々から淡萌葱(うすもえぎ)の若葉が芽吹きます。草木が芽ぐみはじめた春は、あちこちに山吹やタンポポ、菜の花など、黄色い花も目立ちますよね。水温(みずぬる)む小川に反射する陽光のおだやかなオレンジ色を帯締に取り入れてみました。

[秋になれば]
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私はやや赤みがかった深い茶系統に季節の深まりを感じます。うさぎ模様が浮き出ている縮緬の変わり織りの帯揚げはきねや製。秋になれば薄手の帯揚げよりも、すこし厚みがほしくなります。帯締は、平家納経の経巻の紐を写した道明の「阿弥陀経」です。

稲の成熟した田一面に自然の実りを感じる秋。葡萄や栗、柿などがさまざまにゆたかな果実をつけますし、霜が下りるようになると、山の紅葉は一段とあざやかさを増します。
ぜひともよそおいには、彩度・濃度ともに奥深い色合いを取り入れたいなと感じました。

[冬になれば]
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帯締の色を迷いました。撚り房が濃赤で、硬質な感じのするグレーにしたらよいか、それとも絞りと同色の澄んだブルーを持ってきて帯揚げと合わせたほうがよいのか……。
帯揚げは、京都のに志田に特注したもの。地色と小帽子の色を指定して染めてもらいました。撚り房の角八つ組の帯締(左)はきねや、冠組(右)はやはり道明のものです。

冬の季語に「冴(さ)ゆ」という一語があります。これは「冷え切る」「澄む」「あざやか」という意味を含むわけですが、樺澤さんのグレーの雪のようなドットと銀綴れの帯の組み合わせに、この言葉のイメージを持ちました。
クールな持ち味を生かしつつ、「冴ゆ」に通じるような、それでいて少しスタイルにゆるみももたらすような色味を加えたいと考えて、晴れているのにひらひらと雪片が舞ってくる「風花」を思わせる帯揚げを合わせてみました。


さて、みなさん、いかがでしたでしょうか。
今日挙げた一例もまた、私の個人的な取り合わせであり、こういうものに正解はないと考えています。ただ、何気なく選んでいる色にも意味があり、その色の背景を知り、使いこなす楽しみが得られたら、きものの世界がもっと身近に感じられるのではないかと思います。

最後に、私が日本の色について参考にしている本の一部をここに挙げておきますね。もしも、皆さんのお役に立つようでしたら、書店で手にとってご覧ください。

『日本の色辞典』吉岡幸雄著 紫紅社刊
『源氏物語の色辞典』吉岡幸雄著 紫紅社刊
『日本の傳統色 その色名と色調』長崎盛輝著 青幻舎刊
『和の彩りにみる色の名の物語』木村孝著 淡交社刊

染織史家・吉岡幸雄さんの『日本の色辞典』は、辞典というより読み物として興味深く、どの頁から読んでも深い学識を感じる一著となっています。ではまた。

date: 2009年10月27日

subject: 季節を映す色のお話

from: 樺澤貴子



10月に入り仕事に忙殺されていたため、ご無沙汰してしまいすみません。植田さん、順番をかわっていただいて恐縮です。でも、お蔭で色に関する興味深いお話を伺うことができました。ドット柄のきものをベースに小物で季節を表現する事例も、新鮮な組み合わせがとても参考になりました。ありがとうございます〜。

さて、植田さんに続いて、今日は私も〈季節を色で取り入れる〉というお話をしたいと思います。

[襲の色目]
「季節を表す色」といってまず思い浮かぶのは、平安貴族たちが何枚も重ねた衣裳に、四季折々の自然を映した「襲の色目」です。細やかに移りゆく草木花の彩りを俊敏にとらえて表現した美意識は、現代の私たちがきものを装う際にも、コーディネートのヒントとなります。
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きものと帯、帯と帯締め、帯揚げと帯締めなど・・・・・・色合わせがマンネリになった時など、『日本の色辞典』(吉岡幸雄著 紫紅社刊)を開くと、納得の組み合わせが見つかります。


また、わざわざ本を開くまでもなく、日々の暮らしの中で街並みや公園の樹々や草花に目を留めると、「季節を表す色」が見つかります。前々回の植田さんのブログに風景写真が並んでいましたね。植田さんの言葉を借りると、〜春は新芽の息吹く若草色や桜色、夏はいかにも涼やかな白や藍、澄んだ水色、秋はしっとりと落ち着いた葡萄色や茶系統など〜。これらは、実際に目に映る色であると同時に、「心象風景の中にある色」と言えるのではないでしょうか。「心象風景の中にある色」は人によって違いますから、同じ黄色でも、春の山吹を思う人もいれば、夏の向日葵を感じる方や秋の菊に気持ちを傾ける人もいます。文様のお話同様、ルールとしての縛りではなく、自分なりの季節の色の物語を込められたら、きもののお洒落がぐっと広がるように思います。


さて、ここからは私が実践しているお話に入りたいと思います。

[地味な秋色を、ワントーンコーディネートですっきりと]
突然ですが実は、私は秋色が苦手。目に映る分にはしっとりとして「いい色だな〜」と思って求めてしまうのですが、纏うと顔色がくすんで見えてしまいます。浮かれて出かけ、街のショーウインドウに移る自分の姿に何度がっかりしたことか。でも、きものを着始めた頃は、欲しい気持ちが先行するため、うっかり手を出してしまいました。皆さんもそんな経験はありませんか?その後、自分の好みが淡い色や冴えた色へと移り、秋色は箪笥に眠ったまま。また、譲っていただいたきものの中にも自分の肌色に合わない、私で言う秋色のものが巡ってくることがあります。でも、ここ数年、年齢とともに似合う色が変わってきたこともあり、もう一度秋色と対面してみることに。

ある時、小唄に師匠が滅紫(けしむらさき)の紬にそれより少しトーンの鮮やかな紫色の染め帯をしていた時がありました。どちらも単体で見ると「地味」が勝つのですが、組み合わせるとなんだか「モダン」にまとまるのです。この手があったか!と早速ワントーンコーディネートを試してみました。下記はこの1〜2年、復活した成功事例です。

秋色1.
赤味を帯びた葡萄茶の無地の紬。チョコレート色は自分の肌色に合うけれども、赤味がある茶は自分の中では違和感のある色でした。
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.左:紫・常磐・刈安・臙脂・黒と・・・秋色オンパレードの牡丹唐草間道の帯。単品で見ると地味な印象で箪笥に眠っていたものですが、葡萄茶の紬と組み合わせたら意外にもピタリと合いました。帯締めにビビッドな色をさすことで、全体がトーンアップして見えます。
右:臙脂系統の帯を合わせて、葡萄茶の紬に赤味を足し算すると、より若々しい印象に。


秋色2.
緑味の強いくすんだ黄色で利休色ともオリーブ色ともつかない付下げは、ステッチのように見える縫い取りラインがモダンな印象です。小唄の師匠から譲られたものですが、自分の中にない色だったので、袖を通すまでにハードルの高さを感じました。
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厳密にはワントーンではありませんが漆を叩いた茶の洒落袋を合わせると、付け下げのモダンさが引き出されて絶妙なバランスに。どちらも暗い色合いなので、帯締めと帯上げを白で抜くとスッキリとします。


秋色3.
黄朽葉色の御召しは、内田みち子さんのきもの展で約10年ほど前に求めたもの。きものを着始めたころは、シックな色味の織りものにばかり目が留まっていました。これは比較的肌色には合うのですが、その後マイブームが柔らものへと変わったため、何年も箪笥に眠っていました。ワントーンコーディネートを試したら、今の気分にもピッタリで、再び日の目を見ています。
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菊の型染めの帯とワントーンでまとめると意外にも好相性でした。今までは、コントラストを効かせるほうが、きものらしい装いになると思っていたのですが、ワントーンによって救われるきものもあると改めて考えさせられました。やっぱりきものは、奥が深いですね。



[12月と1月ではきものの色はガラリと変わる]
12月と1月は季節で括ると、ともに冬。でも、気持ちの上では全く違いますよね。12月はどことなく気忙しい月、そして1月は新たな年を迎えた寿ぎに満ちた月。同じ冬でも、きものの色合いは、気持ちに順じて自ずと変わります。私の場合、12月のお出かけは、気忙しい気持ちを引き締めるために濃地のきものが多く、1月は改まった気持ちを優しい色合いに込めるというのが、ここ数年のパターンです。

12月の色合い
小唄の発表会や、歌舞伎、忘年会パーティなど・・・12月のお出かけには、濃地の訪問着が活躍します。
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左:黒の縮緬地に宝尽くしの刺繍をほどこした訪問着。黒地の迫力が前に出過ぎないように、ピンク系の帯で可愛らしさを演出。
右:以前もご紹介した光沢が美しい緞子地に薬玉を描いた訪問着。深いブルーグレーが顔色と合わず、なかなか袖を通すことができませんでしたが、無地の銀綴れを合わせると、ギリギリセーフ。鮮やかな牡丹色の帯締めで華やかさをプラス。


1月の色合い
初釜や新春歌舞伎、新年のご挨拶など・・・1月の晴れやかな装いには、その場がふんわり明るくなるような上品な淡色を心掛けます。
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左:何度も登場している柳色の蛍絞りの小紋。ペールピンクの唐織牡丹柄の名古屋帯は、最近に志田で求めたもの。帯締めには冴えた水浅葱を合わせて、淡色尽くしのコーディネートで出かけるのが今から楽しみです。
右:白茶から鶯色へと裾濃に染められた付下げには、梅や蛍袋が描かれています。白地の唐織の袋帯に宍色の帯締めで大人の甘さを添えて。



季節によって濃地と淡地を着分けるセオリーは、春単衣と秋単衣にも言えるかもしれません。今は単衣をお手入れに出していて写真はないのですが、文字でまとめると下記のようになります。
春単衣:春単衣は暑さへ向かうためスッキリと見える寒色系の色を。
秋単衣:柔らかな色目を中心に、まだ残暑が厳しい折ゆえに白をベースにした色やこっくりとした秋色をもってきます。


さて、久しぶりだったので、つい長文になってしまいました。すみません!
最後に、先日打ち合わせでお会いした秋月洋子さんの着こなしがあまりにも素敵だったので思わず写真を撮らせていただきました。この日は夕方から観劇に行かれるとのご予定で、見事なまでの菊尽くしの着こなしでした。
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左上:栗皮色の結城紬は、八掛けと袖口にむじな菊の裏地を用いていました。「裏を菊にしてしまったから、10・11月の2ヶ月限定なんです」との言葉に、秋月さんのこだわりを感じました。右上:帯は笙と菊を刺繍したアンティーク。左下:帯留めに至るまで繊細な菊に包まれていました。


なお、秋月さんは11月21日(土)の午後、伊勢丹7階呉服フロアでトークショーをするそうです。TPO別のコーディネートや小物による着回し術をご披露するそうなので、ぜひお出かけください。

長らくお付き合いいただきまして、ありがとうございます!では、続いての佐藤さんのお話、楽しみにしています。

date: 2009年10月31日

subject: 季節感の一致

from: 佐藤文絵



秋から新春にかけての変化していく樺澤さんのコーディネート。それぞれ本当に季節ごとの心持ちを反映していていますね。秋はこっくりと、年末は華やかに、年始は清々しく。どれも共感するコーディネイトでした。

さて今日は、今思えば「こうしておけばよかったな」と感じている失敗談をお話しようと思います。季節をあらわすものというと、文様、素材感、そして色。だけどこの3つの要素が一致していない、ちぐはぐだと、困っちゃうのだよなー。というお話です。

たとえばこんな紬。緯横ともに真綿の糸をつかったほっこりとした紬です。色は草木で染めた深い茶。まさに今から晩秋にかけて纏いたくなるきものです。だけどこれを単衣に仕立ててしまったですね。秋単衣という位置づけだったのだけど、9月に着るには秋が深まりすぎのきものでした。
いや仕立て替えたらいいのです。そうなんだけど、腕のいい和裁師さんがきれいに仕立ててくれているのでなんだか勿体無くて...。もう少し着てから仕立て直そうと思っているのですが、やはり単衣のままだと出番が少ないし、すぐに仕立て直すべきかと今書いていて思いました(笑)。これは色と素材感に、仕立てがマッチしていないという例です。

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樺澤さんもいうように、私も地味になりがちな濃い色・秋色が不得手です。そんななかでも茶とピンクの色合わせは好み。この紬も袷に仕立て直せば、そんなコーディネートができそうです。


先日「縮緬の帯だけど、文様は夏に咲く鶏頭の花。いつ締めたらいいのでしょう」という質問がありました(9/30のコメント欄をご参照のほど)。どうやら鶏頭は9月が最盛期、だけど12月ごろまで咲くものもあるようだから、10〜12月にお締めになってはどうでしょうと植田さんがお返事されていましたよね。
その質問、わかるわかる(笑)。わたしの箪笥にも同じような帯があります。ひとつは紫陽花×縮緬、もうひとつは蝶々×縮緬の帯。蝶々のほうは最初「うーん」と悩んだけれど、無季のものとすることにしました。だけど紫陽花×縮緬のほうは、わかっていて求めたものの、なかなか扱いがむずかしのです。これは素材感と文様が一致していない例。

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左=紫陽花×縮緬の帯。縮緬といっても張りがあってざっくりした感じだから、5月の中旬あたりならさほど違和感はないのかも。でもなんとなく重く思えて手がのびません。右=色のトーン、凹凸の大きなほっこりとした素材感も秋の風情。


だけどこういう帯は意外に世の中に多い気がするんですね。購入する際はそのあたりもしっかり気をつけたほうがいいなあと思っています。

小物のほうも同じことがいえますね。冠組の帯締めはお店によって太さがさまざま。夏に使いたくなる涼しげな色なら細め、いかにも温かい色なら太めを選ぶこともあります。中くらいの太さならオールマイティだけど、太めを選ぶときはちょっと注意が必要。
帯揚げもこっくりとした色なら重めのちりめん、うすい桜色なら軽めのちりめん、もっと薄い色なら綸子が使いやすい・・・などなど、素材感と色が一致しているほうがおしゃれです。

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左=冠組を並べてみました。一番上は薄い桜色。中くらいの太さです。若葉を思わせるグリーンはちょっと細め。夏にもよく締めるうすグレーは一番細め。こっくりとしたピンクはかなり太め。右=上手に撮れなかったのですが、縮緬でも厚みはいくつかバリエーションがあります。


・・・おっと。日が高くなってきました。
このブログでも何度か話題にのぼっている「一衣舎」さんが昨日から京都で個展をされていて、私も毎日通ってお茶席を担当しております。たくさんの作り手さんがみなさんご自身のきものをまとって会場に来られていて、またお客さまのほうも多くがきものをお召し。立派な邸宅の雰囲気とも相まって、なんとも素敵なオーラに満ちた空間です。きものに囲まれているのってシアワセ!
そろそろ行ってまいります。尻切れトンボのようでごめんなさいー。

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準備の整った会場のようす。詳しくは植田さんが「一より習ひ」で紹介してくださいました。茶室にも遊びにきてくださいね。ちなみに呈茶は午後スタートです。

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