from: 植田伊津子
さてさて、「悩ましい羽織りもの」話題が続いております。
前回も書きましたように、羽織りものは自分の着付けが定まっていないと、寸法を決めるのがむずかしいですから、きもの初心者の方は、佐藤さんのようにしばらく「じぃぃと観察して」慎重に考えたほうがいいかもしれませんね。私は体当たり的に上着をつくっていますが、これは性分です。勉強代がかさんでいます(涙)。
「初心者が上着をはじめてつくるのなら、何がよいか?」という質問を佐藤さんが振ってくださいました。今日はそれを考えてみたいと思います。
道行? 道中着? 羽織?……うーん、「結局、その方のきもののスタイルによるのではないか」という気がします。
単にきものが好きで着ているという方なら、どんな上着をつくられてもよいでしょうね。
けれど、他者との関係性が求められるきものを着る機会が多い方は、少しルールを知った上で、上着選びをしたほうがよいかな、と思います。具体的にいうと、用途のある場所(あらたまったパーティ、茶会、結婚式や披露宴)に出向く場合は、おそらくきものもハレ的なきものを着ますね。そういうきものの上着は考慮が必要だということです。
たとえばハレのきもの(紋付きや訪問着、留袖の類のきものを着るシーン)の上には、正式には「道行」を羽織るとされています。それも、無地(格の高い江戸小紋〈鮫・行儀・角通し〉や無地ぼかしもOK)か絵羽のフォーマルなものですね。小紋の道行はハレのきものに合わせません。
道行は、昔も今も、誰もに似合う定番のかたちとして、親しまれています。色柄・素材を考えたら、ちょっとしたフォーマルからカジュアルのきものまで着られるもっとも汎用性が高いものです。
たとえば小付け(柄が小さい)のものや無地に近い道行なら、小紋などのふだん着から一つ紋付きの無地のきものまでカバーできたりします。ま、それは傍目から見るとつまらなかったりするのですけれど。御召なら、織りと染めの両方のきものによくのります。

御召(左)という生地は染めと織りの中間ぐらいの質感なので何にでも合わせやすいのです。
道中着は道行よりカジュアル(「しゃれ着には道中着がしっくり」など)といわれてきましたが、この頃はそうでもないですね。道中着は、ほぼ道行とイコールと考えてよいと思います。ただ、これには道行の窓のような視線を集めるポイントがないため、人によっては寂しげ(ややもすると老けて)に映ることがあります。そういう方は、道行衿のかたちを選ばれたほうが全体の雰囲気がやわらぐでしょう。
羽織は、洋服でいうならカーディガンかジャケットのようなもの。道行類にくらべると一段カジュアルな扱いをします。ふだんのおしゃれ着にはぴったりしますけれど、ハレ的なきものには合わせません。
けれど黒の一つ紋付きの羽織は別物。どんなきものでもこれさえ羽織ればフォーマルになるとのことで、今はほとんど見かけませんが、私の入学・卒業式の母親の姿はこれでした。
昨今、きもの初心者の方で、帯結びに自信の無い方はまずは羽織をつくるのが流行らしいそうですが、お茶系やハレのきものが多い方は、フォーマルまでカバーできる道行タイプのほうが用途が広いように私は感じています。
けれど、純粋にきものを楽しみたい初心者の方でしたら、室内・室外でもずっと脱がなくてよい羽織は心強い味方でしょう。ちなみに道行・道中着は洋服でいうならコート。玄関先で脱ぎ着をするのが慣わしです。

これは伯母のお下がりの付下げ小紋風の羽織です。伯母がよそゆきに使っていたもの。私にはやや丈が短いのですが、伯母らしいバランスのよい柄配置の仕立てなので、そのまま使っています。紬などの上にこうしたやわらかいものを羽織るとしゃれた雰囲気になります。
きものを着て遠出をする、舗装のされていないところを歩く、人混みの中を移動するなどのシーンが多い方なら、道行・道中着・羽織とは別に裾まで覆う塵除けが必需品です。この頃の塵除けは、コート地専用の生地以外でもよくつくります。撥水加工をかけて雨ゴートと兼用にされる方が多いですね。ふつうは単衣仕立てです。
種類は、フルレングスの長コートタイプと、上下をわけた二部式コートタイプがあります。
長コートはさっと羽織れて、すぐ脱ぐことができる点からとても便利。けれど、これの仕立てが上着の中でいちばんむずかしいと思います。見た目が「丸太状」になりやすいのです。
スマートな裾すぼまりに仕立てるには、脇線を斜めにとらなければいけませんし、くりこし分を微調整しないと両肩に「八」の字のシワが目立つのです。上着のなかでも長コートをはじめてつくる場合はとくに、気心の知れた呉服屋によく相談の上、仮縫いなどの工程をとってもらうほうがよいと思います。

一衣舎(いちえや)でつくった絹唐桟雨ゴート。塵除けも兼ねています。これはほとんど単衣のきもので、同布でつくった腰紐を締めてから、おはしょりを整理し、衿先あたりにつけた紐で襟元が開かないようにして着ます。
長コートでもこのかたちなら、前がめくれにくく、風に強いのです。
先日、樺澤さんが紹介された、笹島先生の単衣のウールきものをコートに転用するアイデアと、ほぼ同じ構造です。撥水加工が弱くなったらかけ直しています。
その点、二部式コートは上着と腰巻き状の下とに分かれていますから、応用が利きます。また腰回りがきものに添うために、長コートよりはすっきりと見えるでしょう。ただ腰巻きを玄関先でモタモタ結んでいると「面倒だな」と思うことも。こちらが手間取っているときに、相手がじっと無言でいる間合いの悪さは、なんともいえないものがあります……。

これも伯母のお下がりの二部式コート。上は袷の道行そのものです。天気が不安なときは、上着だけを着て外出し、雨が降り出したら一枚仕立ての下を巻きます。下だけ持ち歩くので荷物になりません。
上着には若干のスタイルのきまりがあったり、また着脱の容易さ、かたちの好みなど、いろんな要素が絡み合うものです。自分はどんなきものを着ることが多いのか、まずはタンスの中をじっと見て観察してください。
紬のきもので落語会に行くのが楽しみという方なら、遊び心のある柄付けの長羽織からつくられるのもよいでしょう。お茶系のきものを着る機会の多い方なら、天気が悪い日でも出かけなくてはいけないお茶会用のために、何はなくともフルレングスの雨ゴート兼塵除けが必要かもしれません。
また、きものに袷・単衣・薄物の時期があるように、道行・道中着・羽織も季節によって素材を変えて使い分けすることも覚えておきましょう。長コートは、今は単衣仕立てにして一年中使っている方が多いと思います。
袷の最初・終わりや単衣の時期(合いの季節)4・5・6・9・10月
……軽やかな薄めの生地、もしくは中ぐらいの透け感のある素材で単衣仕立て
※↓夏物コートと兼用することも。
(盛夏の時期 7・8月……絽・紗・羅などの夏物の生地で単衣仕立て)
袷の時期 11・12・1・2・3月
……透けない生地で袷仕立て
真冬の時期 12・1・2月
……輪奈ビロードやカシミヤコートを使う場合も


変わり紗道行衿(左)と、透けの縞柄の道中着(右)のコート2種。私の「合いの季節」のコートです。変わり紗は透け感が絶妙なので夏も着ています。
こうして見てみると、合いの季節が意外に長いのです。きものを比較的ひんぱんに着られる方でしたら、単衣仕立ての合いのコートが欲しいですね。
「私は暑がりだし、帯付き(きものと帯だけで何も羽織らない状態)で大丈夫です」という方でも、きものの焼けや淡色の帯の汚れを防ぐためにも、何か1枚羽織ることをおすすめします。お財布に余裕がないなら、薄手のショールでも構わないでしょう。
ところで、佐藤さんの雨ゴート、複雑できれいな色でしたね。よく相談して仕立てたのなら、寸法的には大丈夫じゃないですか。実際に着たところを見せてもらったら、また具体的なことがいえると思うので、機会があったらぜひお披露目してください(*^_^*)。
また、樺澤さんの「仕立てのいらないコート」を読んで、私は「あっ」と声をあげました。これって、私が一衣舎の木村さんにつくってもらったおはしょり型の雨ゴートと一緒の思想。かぶせて詳細を語りたかったのですが、今回もまた長文になってしまって、紙幅が尽きました。
今日はお勉強じみたことばかり書いてしまって、反省することしきり。次回は、草履をはじめ和装小物の製造卸を手がけている「
楽艸(らくそう)」の店主・高橋由貴子さんの羽織りものをご紹介したいと思います。
ちょうど見せてもらう機会があったのですが、高橋さんらしいアイデアにあふれたものでした。