date: 2010年02月09日

subject: 御召のきもの

from: 植田伊津子



佐藤さん、樺澤さんと一緒にはじめたこのサイト。日を追うにしたがって、たくさんの方に御覧いただいています。こちらがちょっと驚くぐらい。ありがとうございます。もう一年も経つんですね。あと少し、がんばります(^_^)。

さて最後のテーマである〈着付けと仕立て〉に入る前に、わたくしは先の予告どおり、御召のきものについてお話をしようと思います。


[御召とは]
前回、私は「お茶のお稽古にはやわらかものがいいな」とは思うものの、着付けが苦手な方にはケースによって織りのきものをおすすめするようになった、と記しました。

紬が好きな方は、クラフト的な素材感に惹かれてもいるでしょうが、「紬なら上手に着られるのです」「着付けのときに、衿もとやおはしょりがきれいに整うので」と、着付けのしやすさを一番に挙げられる方が多いように思います。
おはしょりを腰紐で止めるときに、やわらかものはスルリと落ちてしまうことがあります。その点、表面に凹凸がある織物のきものは、初心者でも扱いやすいものといえるでしょう。

わたくしが織物のなかでも好ましく思っている「御召」という生地は、もっとも高級な〈先練り・先染め〉のきものです。
染めの縮緬地(ちなみに白地の縮緬は、〈後練り・後染め〉です)によく似ていますが、これよりもシボが控えめで、紬よりは目が詰んでおり、落ち着いた光沢が特徴。縞御召、絣御召、無地御召、紋御召、風通御召、絵緯御召、縫取御召などの種類があります。
大正・昭和初期頃は、山の手の奥さまやお嬢さんたちのお出かけ着として活用されてきました。この頃の日本画には、御召を着たモデルを見ることができます。

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左が上代縞御召。右が絣御召(どちらとも矢代仁製)。御召といえば女学生の矢絣御召というほど、絣の印象が強い人がいるかもしれません。また縞も代表的な御召の柄といえます。その昔は、棒縞、やたら縞、子持ち縞など、メリハリのあるはっきりとした柄が好まれていました。
しかしこの頃はそうした大胆な柄は影をひそめて、遠目からは無地に見えるやわらかい縞や絣が多くなってきています。わたくしは大胆な柄が着たいと思うほうですが、落ち着いた色合いも使いやすいでしょうね。上代(じょうだい)とは、緯糸に御召緯(後述)と紬糸を用いて、生地に紬風の表情を与えたもの。


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表と裏で表情が異なる縞格子の御召。江戸小紋でも表裏で模様が異なるものを単衣にするケースが多いと思いますが、同様にこれも単衣向きの御召。
落ち感にすぐれて、裾さばきのよい御召は、まず単衣につくってから、のちに袷に仕立て直すことも多いそう。


そもそもこれは、京都の西陣で300年ほど前からつくられていたそうです。徳川11代将軍家斉が好んで着用したのが「御召」の呼称の所以であるとか。

御召と呼ばれる反物の条件は、
(1)まず織る前に糸を染めた先染めであること
(2)緯糸に「御召緯(おめしぬき)」という1メートルに2500〜3000回転をかけた強撚糸を使用すること
(3)同じ回転数の右撚りと左撚りの御召緯を交互に同数ずつ織っていること
この3点を約束としています。

また経糸は、ほとんど撚りをかけない極細の糸を3000〜4000本、もっと密なものなら8000本も使用するのだそうです。
織り上げたのちに生地を湯に浸けて糊を落とすと、糸の撚りが戻って細かなシボが立ちます。その後、ギューッと狭まった生地を蒸気をかけながら丈出し・幅出しをして反物幅に仕上げます。


[御召との出会い]
わたくしがはじめて「御召」に出会ったのは、自分がきものを着はじめるずっと前。たしか20代前半でした。
仕事で知り合った先に、なべ家という江戸料理のお店の女将・福田敏子さんがいました。
福田さんは、わたくしの母とほぼ同年代。この年代の方にしては上背があり、ややふくよかな体型でしたが、いつもこざっぱりとした、かといって働き着に傾きすぎない感じのよいきものを着ていらっしゃいました。

あるとき、きものについておしゃべりをする機会を得たんですね。
その際に、福田さんがふだん着用されているきものは「御召」なのだと教えてもらったのです。

「御召っていいわよ。裾さばきがよくて動きやすいの。やわらかものもよいけれど、わたくしの働き着はあんまりフワフワしてないものがいい。かといって紬じゃくだけた風に見えなくもないでしょう。料理屋をしていますから、すぐにへたるようなものはダメだし……。
 その点、御召はきちんとした感じがして、お席でも失礼にならないし、内向きにもお出かけにも重宝するわね。適度にハリがあって、着付けもしやすいの。植田さんも一度着てごらんなさい」

御召っていうんだ! そのときはじめて聞いた言葉でした。私は福田さんのカッコイイきもの姿を見て「いつか着てみたいな」と、胸の内に御召の名前を深く刻み込んだのです。
それから、わたくしがきものを着はじめて数年も経った頃、物は試しとばかりに御召のきものを一枚つくってみました。そうしたら福田さんのいうとおり。見事にはまったんですね。


[やせて見えるきもの]
もとは平らな四角い布で、着付け方や素材によって、太くも細くも見えるのがきもの。
カッティングがほどこされた洋服は、それ以上のシルエットを追い求めることはできません。その点、きものは着ながら生地を折り畳むようにして体に巻き付け、ラインを生み出していきます。

きものの生地選びや着付け方次第で、細い方でもふくよかさんよりも丸太ん棒のようになることもありますし、ふくよかさんでもやせて見えることにわたくしは面白みをずっと感じてきました。
ですから、やせて見えるにはどうしたらよいのか、何を選べばよいのかについて、きものを着はじめた頃より探求してきたのです。本テーマは、いわばわたくしのライフワークなんですね。

江戸小紋をはじめとして、京友禅や絞りの染めもの、大島紬、結城紬、浴衣、木綿、ウール、銘仙、御召、ポリエステルなど、いろんなきものを自分を実験台にして着続けてきた結果、やせて見えるきもののひとつが御召でした。

わたくし的には、着付けが上手い人ならば、いちばん痩せて見えるのはやわらかものだろうと思っています。
といっても代表的な縮緬なら一越のようにシボが小さいもの。もしくは紋意匠、紋綸子のようにシボがないものですね。鬼シボ縮緬はかえって厚みがありますから、これはやせては見えません。どちらかといえば体の薄い方をソフトに見せるものです。

ただ、やわらかものは両刃の剣で、細くも見せますがシルエットを絞ってきっちり着付けると、身動きがとれません。かといって、やわらかく着たら時間とともに着くずれしやすいので、お手洗いに立つたびに修整が必要となります。
動かなくてはいけない場面で、やわらかものを自在に、そして程よくやせて見えるように着るのはなかなかむずかしい。織物以上にきもの寸法を見つめ直し、かつ着付け方を工夫することが必要のように思います。

大島紬は、折り紙をするようにしてきものを体にまとう感覚があります。織物の中では薄地で、スッキリしゃっきりと着られるのでおしゃれ着としては素敵ですが、やわらかものの体の添い方には今ひとつ及ばないでしょう。
ウールは毛織物。あたたかいけれど、着た後に空気を含んで次第にシルエットがゆるんできますね。
できたての結城紬は前にも書いたとおり、経緯ともに手紡ぎ糸ですから存在感が強い。最高級の紬です。けれど、着はじめて10年近くはガザゴソしますし、一般的に大島紬などよりもコンパクトには見えにくいように感じています。

わたくしの場合は『体に添う』ことが、やせて見える点からも、また茶道のきものとしても重要でした。
ですから、御召に袖を通す回数を重ねるにつれて「体に吸い付くような感じ」「時間が経っても着くずれしにくい」「タレもののようにしなやかなので、シルエットがきれい」「『普段着の上等』『よそいきのカジュアル』、『無地の上代御召なら縫い紋一つ紋付きとしても』というラインは、マルチかも」と実感し、驚かされたのでした。

そうしたところ、作家・青木玉さん(幸田露伴の孫、幸田文の娘)のエッセイの中にこんな一文を見つけたのです。

 母の気性は固めの着物を好む。好きで着るといえばお召、縮緬のやわらかい着心地のよさはよく解るけれど、ぎゅっと引きしまる強さが無い。紬はしっかりとした着物だけれど厚みがちっと邪魔になる、体が一トかさ突っ張っていかつい感じになる。お召は体に添うが、だらつかずすっきりと着られるということだ。
            青木玉著『幸田文の箪笥の引き出し』(新潮文庫刊)


そこには、こうも記されていました。

 縮緬の柔らかさは着物を着なれないものには扱い切れない難物だ。その点、お召はしっかりと体を包んでくれる安心がある。


まったくそのとおり、と共感したわたくし。やせて見える素材とは、ハリとタレ感の双方のバランスが大切なんですね。ハリに傾いたものは角張って見えますし、薄地でやわらかな染めものは体のラインをあらわにします。
着付けに難渋しているきもの初心者や、やせて見られたいという人は御召というきものを一度試してみる価値があると思っています。


[御召の弱点]
さて、最後に御召の弱点もご紹介します。どんな種類でも、組織の構造上、ある条件下に置かれたら変化が見られたりします。また結城の原稿のときもそうでしたが、ある人にとっては長所に映るところも、別のある人にとっては短所になるかもしれないことは、これまでに何度も書いてきました。
フラットに判断するためには、生地の特性を心得ておく必要がありますよね。

・水に弱い
縮緬や御召(本塩沢なども)の強撚糸を使う組織は、水分を得たらその部分が収縮します。
『昔の御召は縮んだけれど、今は縮まないよ』……っておっしゃる方もおられますが、それは何千回転もさせた本物の御召緯を使っていないか、薬品で加工をほどこして絹糸を変化させている可能性があります。

わたくしはある蒸し暑い日に単衣の御召を着用し、帰宅後脱いでみたら、汗をかいた背中や腕を折り曲げていた袖の内側が縮んでいました。その後、悉皆屋さんにきものを見せたところ「これは本物の御召ですね」との言葉に変に納得したものです。

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上代細縞の御召の端切れに水を落としてみました。水を落とした時点が上左の写真。しばらくすると、立派なシボが立ち、周りが波打ってきました(上右)。
乾燥しかけているところが下左の写真。水を吸った部分がこれぐらい縮みます。それだけ強い撚りがかかっているのだと解ります。

お手入れでは、小さな水シミならば、横に引っ張りながらアイロンをかけたら元に戻ります。背中の大きなシミなどは、やはり悉皆屋さんに手入れを頼んだほうがよいかもしれません。よく水ハネをさせる人は、濃色を選ぶと目立ちにくいはずです。


絹のきものもメンテナンスを怠れば、シミや汚れが落ちにくいですし、箔も欠落することがあります。麻のきものならシワに悩まされたりもします。
自然素材はメンテナンスが付物なんですね。けれど、短所をはね除ける魅力がそれぞれあることも、皆さんはよくご存じだと思います。本物から得られる満足度、幸せな気持ちってありますよね。
御召の場合、強撚糸だからこそ、着付けのしやすさ、生地の丈夫さ、シワになりにくい長所へつながっています。

・仕立てに注意
はじめての御召は単衣でつくることが多いのにも関係しているかもしれませんが、御召の仕立てに悩まされる方たちに何度か出会ってきました。
「御召で単衣をつくったのだけれど、仕立ての一部がツレていた。どうしてだろう?」「何度直してもすぐに表地と裏地の八掛の釣り合いが悪くて『袋』になってしまう」とおっしゃいます。
そのため、次第に御召の仕立てはむずかしいんじゃないか、と思うようになりました。
念のために、御召という織物の知識・経験とも豊富なところに仕立てを頼むのが安全なように思われます。


さて、今日は話が横道にそれて御召の話をしてしまいました。
前の原稿にも書きましたが、この2月20日・21日は『選りすぐりの御召展』という会場に常駐して、きもの選びのアドバイスをさせていただきます。

今回はびっくりするほど多種類の御召を並べますし、「御召 共の会」価格でお求めになりやすいものもご紹介する予定です。
「御召を実際見てみたい」「昔の御召は知っているけれど……」という方。お出かけや普段着に重宝し、もちろんお茶の場面でも最適な今の御召を一覧されるのに悪くない機会だと思います。

そして、御召といえば男性もの。茶席で男性が着るきものは、御召をおいて他にありません。その日は約30本以上もの男性用御召、袴地、男物の夏御召などを取り扱いますので、日頃お悩みの方は、本展をのぞいてみてくださいね。

はい。ようやく次回より今月の〈着付けと仕立て〉テーマ談義に参戦したいと思います。


COMMENT
いつも楽しく拝見させていただいています。
昨年の1月、このHPに出会ってから本当にいろいろ勉強させていただきました。関西出身のため東京の呉服屋さんになじみがなく、着たあとの手入れをどうしていいかわからないうちは袖を通すのも怖かったのです。でも皆さんのお話を聞いているうちに、だんだんいろいろなことがわかってきました。
そして今回のお召しの話。母からのお下がりのなかで、一番身近なお召し。
関東では先染めでは、紬が主流でお召しに出会うことも少ないし、大体は絣か縞柄。
お召し展もぜひ拝見しに行きたいと思っています。
Posted by のりもも at 2010年02月09日 22:43
ご愛読ありがとうございます(^_^)。
厚く御礼申し上げます。

紬もいいですけれど、御召もいいですよね。
今回はたくさんの種類を一堂に見られるよい機会です。お遊びにいらしたら、気軽に声をおかけください。
Posted by 植田伊津子 at 2010年02月11日 21:54
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