date: 2009年05月30日

subject: お手入れ講座 〜実践編

from: 佐藤文絵



お待たせしました!
植田さんの質問も含めて、お手入れ講座、続きをはじめたいと思います。

前回、きもののお手入れはこんなステップがありますよね、ということをお話しました。
(1)日々着たあと ⇒点検&ほこりとり&陰干し
(2)日々積み重なる汚れ ⇒袖口・襟もと、汗抜き
(3)部分的に汚してしまったら ⇒染み抜き
(4)全体的に薄汚れてきたら ⇒丸洗い
(5)すべてをさっぱりリセット ⇒洗い張り

このなかで、まず自分でできること、最低限やっておきたいことというと、
(1)日々着たあと ⇒点検&ほこりとり&陰干
ですね。前回はブラッシングについて書きませんでしたので少し補足です。
正しいブラッシングとは“ほこりを払い飛ばすように”。ブラシをこすりつけるのではなく、手首のスナップをきかせ、毛先を使ってほこりを払い飛ばす感覚です。
柔らかいブラシがない場合はタオルで代用。筒状にくるくるっと固めに巻いてそれで裾のあたりを払えば、ある程度効果があると思います。
裾の汚れはあなどれません。点検を兼ねたブラッシング、きちんと習慣づけたいですね。

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写真奥のブラシは洋服用(ウール用)、写真手前がきもの用、どちらも平野刷毛製作所謹製。きもののほうがずっと毛が柔らかで、あまり密度もありません。柔らかいから余分な力がからず、使いやすいです。


さて次に、もう少し踏み込むならば、
(2)日々積み重なる汚れ ⇒袖口・襟もと、汗抜き
がある程度できるようになりたい。

ということで、ベンジンなどの溶剤を使ったお手入れ・実践講座です。
百聞は一見に如かず。まずは襟もとのお手入れ法をビデオでみてみましょう。
実演は松川調整所の若き職人・河野さん。フォローしてくださっているのは松川さんです。



こんな感じです。どうでしょう。わかるかな〜。
続いて袖口もみてみましょう。




では手順や道具、注意事項を順に説明しますね。

【手順】
1. ベンジンなどの溶剤を含ませた晒しを使って、汚れのまわりを全体的に濡らします。輪ジミにならぬよう、ぼかすように。境界線がくっきりしていると輪ジミになります。
2. 溶剤をたっぷり含ませたブラシで汚れを落とします。ビデオではけっこう勢いよくやっていましたね。それで大丈夫です。溶剤をしっかり使いましょう。少ないと布を傷める原因になります。ブラシは布の流れに沿って動かします。
3.再度晒しを使って、全体を溶剤でぼかします。
4.乾かします。バタバタと振る動作を繰り返すと早く乾きます。ドライヤーで一気に乾かすのもありですが、できるだけ火気のものを避けるという意味で使わないほうがベター。

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左=襟のような大きいものを扱うときは、こんなふうに片側をおなかにはさむと安定するからやりやすい。きき手側に道具を置き、きき手の反対の手で布をしっかり持ちます。右=袖口洗いはこんな手つき。しっかり押さえてから、ブラシを使いましょう。


【輪ジミ対策】
おそらく、一番苦労するのは輪ジミではないかなと思います。上手にぼかさなくちゃと思うのだけど、溶剤はあっという間に揮発してしまうので、慣れないうちは難しい。スピードを要求されます。実際私もまだあまり上手にできません。たとえばこんなふうになってしまいました。

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汚れ自体は7〜8割がたきれいに落ちました。よしよし。しかし、ああ。うっすらと輪ジミが。


これは八掛なので、輪ジミが見えることはありません。だからあまり気にしておりません。だけど、襟もとがこんなふうだったらショックですよね。慣れて上手にできるようになるまでは、輪ジミになりやすい素材、目立つ箇所は避けておいたほうがよさそう。まずは長襦袢で練習です。
なお輪ジミになりやすい素材は、紬の八掛(まさに上記の輪ジミがこれです)、塩瀬などの帯。目立ちやすいのはやはり無地場の多いもの、だそうです。

ここでは晒しを使ってぼかすやり方をご紹介しましたが、霧吹きを使ってぼかすやり方もあります。こちらはなかなか簡単そうで魅力的。ただし霧吹きを使うと多少呼吸と一緒に溶剤を吸い込んでしまうかもしれません。また空気中により多く充満するリスクがあることは知っておいてください。
上手にぼかすことができず、輪ジミができてしまったら、もういちどぼかす作業だけやってみましょう。何度も繰り返して大丈夫かしら?と不安になるかもしれません。でも溶剤はすべて揮発します。布にはほぼ何も残りません。慌てず再チャレンジです。
それでも輪ジミが残ってしまったら、丸洗いに出しましょう。輪ジミは丸洗いをすればもれなく消えてなくなるそうです(丸洗いの溶剤とベンジンはほとんど同じものだから)。失敗したからといって、取り返しのつかないことには決してならないので、そこはご安心を。


【道具】
・溶剤(ベンジン・リグロイン・エリモト、どれでもOK。そこそこの大きさの薬局/ドラッグストアなら、まずあります。奥の棚に置かれていることも多いので、見当たらなければ聞いてみましょう)
・瓶(溶剤を移し替えておくと便利。広口・浅めがベスト)
・晒し(白い布なら何でもOK、ある程度張りのあるものが使いやすいです。布が大きすぎると溶剤を吸い込んであっという間になくなるので適当な大きさで)
・ブラシ(植物繊維もしくは馬毛、歯ブラシでも代用可能。その場合は固めがよいです)
・溶剤がついても大丈夫な台(ガラスがベスト。適当なものがなければ、厚めにタオルをひいて、その上で行っても)

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この5つ道具が揃えば文句なし。でも、無理のない範囲で工夫しましょう。


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左=ゑびす様マークが可愛い「さくらベンヂン」「リグロン」を使ってみました。どちらも250mlでどちらも300円弱。においは違うけれど、使い勝手に違いは見いだせず。ちなみにこの「リグロン」は「リグロイン」とは別物だそうです(メーカー談)。ま、まぎらわしい...。右=プロと同じように、溶剤を瓶に移し替えました。晒しでフタをするようにして手をくるくると回すと、いい按配で晒しにしみ込みます。このやり方だと片手で事足りるわけです。ここが利点。


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ベンジン&絹の組み合わせの場合、松川さんのおすすめは植物繊維でできている白のブラシ。そして水&絹の場合は、より柔らかい黒の馬毛ブラシ、というふうに使い分けているそうです。でも私は黒のブラシを持っていたのでこちらを使いました。その後、京都・三条大橋の近くにある「内藤商店」で白のブラシも追加購入。白のほうが繊維が太く、腰があります。両方使ってみたところ、紬のような強い生地には白、柔らかい風合いの長襦袢などには黒のほうが柔らかくて安心感がありました。どちらかひとつなら黒のほうがいいかも。白のブラシは1200円、黒のブラシは1300円。黒のブラシはこちらでも購入可能。



【注意事項】
<取り扱いの注意>
溶剤はガソリンの一種。引火する恐れがあります。とにかく火気厳禁。火の近くで行わないことはもちろん、火花が散るようなもの(コンセントの抜き差し、ドライヤー)も使わぬように。そしてしっかりと換気しましょう。床に近い窓を開けたほうがベターです(空気より重いから床ちかくに溜まる)。

<やってはいけないもの>
金彩が施されているもの、草木染めのもの(泥大島や久米島紬なども)、藍染や紅型など顔料系のもの、喪服は剥げたり色落ちの可能性があるそうです。避けたほうがいいですね。


【Q&A】
「ベンジン・リグロイン・エリモトの違いは?」

染み抜きの溶剤はいろいろあります。ベンジンより揮発の遅いリグロインが使いやすい、という声をよくききます。雑誌などにも書いてあります。そこでメーカー各社に問い合わせたり薬局で訊いたりしてみたのですが、どうも的を得た回答を得られませんでした。リグロインのほうが純度が高いゆえむしろ揮発は早いはず、とおっしゃるメーカーもありましたし、基本的に一緒です、どちらでもどうぞ、との回答も。問い合わせた3社はどれも大阪(正確には大阪・大阪・尼崎)だったのですが、あるメーカーは「リグロインは、もひとつ高級なんちゃいますか」とお答え。余談ですが(笑)。
ベンジンは一般名称です。日本工業規格(JIS)でこうこうこういうもの、と定義されています。でもメーカーによってちょっとずつ違うそうです。リグロインは数社が販売していますが、もともとは新日本石油が特許をもち製造しています。エリモトは完全に商品名。どれも匂いや、揮発の早さは微妙に違うと思います。でも、大きな違いはないようです。植田さんもいろいろ使ったけれど、あまり違いを感じない、とおっしゃっていました。私もそう感じました。
松川さんのところではベンジンを使われています。曰く「一般的に揮発が早いほうが輪ジミにはなりにくいはず」。想像するに、揮発が遅いほうが時間に猶予がありますから、慣れぬ身にはぼかす作業をやりやすい。ということで揮発の遅いもの=輪ジミになりにくい、という通説ができている。けれども、本来は揮発が早いほうが輪ジミになりにくい…、ということなのではないかなと思いました(すごく細かい話になってしまい恐縮です)。

「素人がちょこちょこと手入れをするのは、かえって専門家が汚れを落としにくくなったり、染色補正をしなくてはいけなくなったりという悪状況を生んでいる?」

今回教えていただいたような溶剤を使うやり方のお手入れならば、問題なし、心配ないそうです。お手入れの頻度は「汚れたな」と思ったらきれいにするという程度。こまめにきれいにしておくに越したことはありません。
でも、たとえ毎回やっていても全部はとれないはず。前回お話したとおり、油溶性の汚れだけではなく汗という水溶性の汚れも一緒についていますから、ベンジンなどの溶剤だけではきれいにならないのです。時間が経てば黄ばむこともあると思います。するとプロにお願いすることになるわけです。黄ばみを元に戻すには、おそらく漂白して、色を挿す、という染色補正を施すことになると思います。でもこれが袖口の八掛ならば、ある程度は仕方なし、染色補正までしなくても、洗い張りのときに場所を替えたらいいわ、と考えてもいいですよね。
ちなみに袖口をベンジン処理したのちに、水+石鹸できれいにするやり方を紹介した記事を雑誌『きものサロン』で見つけました。これができたら完璧かも。今度長襦袢で試してみたいと思っています。

「あんなにごしごしやって大丈夫?」

ブラシを動かす様子をみて、不安になりませんでしたか?
これは溶剤を使うからこそできる動き。水で同じことをしたら、繊維が毛羽立ち、白っぽくなってしまうのです(松川さんに実験をしていただきました)。水と溶剤、見た目はどちらも透明な液体ですが、全然違うのです。不思議ですね。


以上がベンジンなどの溶剤を使ったお手入れ方法でした。
私はベンジンはちょっとこわいな、あまりやりたくないな、と思っていたほうなのですが、今回ちゃんと教えてもらってすっかり改心しました。こんなに簡単に、こんなに綺麗になるならば、やらない法はない!ですね。

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ベンジンとすっかりお友達になった私のお手入れキットです。


次は汗抜き――と続きたいところだったのですが、自宅でできる一番よいやり方を松川さんが今考えてくださっていますので(夏のあとに講座も予定されているそうですよ)、しばしお待ちを。楽しみにしてくださった方には平謝り。ごめんなさい。ちょっとあとになってしまうと思いますが、かならずご紹介したいと思います。
ほかにもセルフ丸洗い(最近きものにも対応してくれるセルフドライクリーニングが増えています)についてお話したかったのですが、夜も更けてまいりました。これもまたの機会に、ぜひ。

最後に植田さんの「しみ抜きの有効期限」ですが、一般的にいえば「1週間程度」だそうです。本当はしみによっていろいろで、すぐに(つまり1週間以内くらいに)対応すべきものも、時間をおいても大丈夫なものもあり、一概には言えない。でも1週間くらいであれば、特に落ちにくくなることはない、ということでした。
COMMENT
ビデオ拝見、溶剤の使用量、ブラシの動かし方などビデオで見るとよく理解できますね。
溶剤ですが自分では沢山使用しているつもりでしたが思った以上に必要と再認識。
でも、あんなにごしごしシュルシュルとブラシを動かすのを見て自分でできるか?
少し不安になりました。やはりプロだからこその動きですよね。
歯ブラシでもOkとのことですがその場合は柔らかなブラシですよね?
画像を参考にして自宅に置いてあるリグロインで長襦袢の袖にトライしてみます。
Posted by アイリス at 2009年05月31日 02:58

こんにちは。

ビデオ,とってもわかりやすくて勉強になりました!
ありがとうございます。
なかなかこんなふうにプロの技を拝見できませんもの,佐藤さんすばらしいです〜(*^_^*)

ほこり取りが大事なのは洋服と一緒ですね,
私は洋服用ブラシでそーっと払ってますが・・。

汗抜きのご紹介,楽しみにしてます(^^)
Posted by 凛 at 2009年05月31日 12:14
このビデオを売りましょう(^_^)。
すごくわかりやすいです。
ありがとうございました。

松川さんにも御礼を申し上げたいです。
読者の皆さんを勝手に代表いたしますけれど、このたびは貴重な時間を割いてご協力をいただきまして、ありがとうございました。深く感謝申し上げます。
Posted by 植田伊津子 at 2009年05月31日 21:40
おお、分かりやすいですか。よかった!
三脚とカメラをかついでいった甲斐がありました。
ブラシの「ごしごしシュルシュル」は、台がしっかりしていれば、きっとできると思いますよ。歯ブラシの場合は固めです。

今回ご紹介したやり方は丁寧なやり方です。例えば長襦袢などなら、ビデオほどしっかりぼかさなくても、輪ジミにならなさそう。手を抜く加減も回を重ねると次第にわかってきますね。
Posted by 佐藤文絵 at 2009年06月01日 21:18
よくわかりました。ありがとうございます。
Posted by いずみ at 2012年06月04日 08:12
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