date: 2009年07月20日

subject: 夏のやわらかもの

from: 植田伊津子



先日の佐藤さんの原稿からは、「麻のきもの」に対する愛情が伝わってきました。麻って水を通すほどしなやかになって、趣が深まる感じがします。佐藤さんが麻を好きなお気持ち、わかりますよ。

とはいうものの、じつを申しますと、私は麻のきものが一枚もなーい(笑)。身内からたくさんのきものを譲ってもらいましたが、そのなかにも麻は含まれませんでした。私のワードローブは浴衣以外の夏のきものといえば、やはり「やわらかもの」になってしまいます。
麻や上布のきものって、本当のおしゃれ着なのでしょうね。
ですから、佐藤さんの麻や上布のきものを拝見して、とてもうらやましくなりました。

夏のきもののよそおいのポイントは、他者に「涼しそう」と感じてもらえることではないかと思います。その点、麻のきものはシャリ感にあふれていてまぶしい。街中でそういう着こなしの方を見かけると、思わず後ろをついていきそうになります。
けれど私の場合、着ていく場所によっては、どうしてもやわらかものが必要でした。今日はタレものが中心のわたしの夏のきものについてお話しましょう。


[無地感覚のきもの]
暑い季節にきものを着るのは、きものを着る機会の多い私にとっても、正直なところ苦手です。着ていて暑い、というよりも、気重なのは手入れ。シーズン終了後、あれだけの汗をつけたまま仕舞ったら恐ろしいことになる、夏のきものを好きに着ていたらいったい手入れにいくらかかるのだろう、という脅迫的な思いからです。

ですから、夏はどんなところでも洋服で出かけたいのが本音ですが、きものを着なくてはいけないシチュエーションというものがあって、そこでの約束のきものというものは、やわらかものの絽や紗じゃなかろうかと思います。自分の好みとは別なところで、やわらものの需要があるのですね。

クソ面白くもありませんが、絽の一つ紋付きの無地なんてのは、お茶を嗜まれる方にとっては必要不可欠なものではないかと思います。お茶の制服ともいえる「無地の紋付き」の夏仕様です。
私も持っていますが、袷を何枚も持っているのにくらべて、夏の無地紋付きは1枚きりです。それ以上の必要性は今のところ感じておりません。

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無地ではありませんが、吹墨模様の絽のきもの(一つ紋付き)も無地がわりに使います。小紋とも無地ともいえない柄がおもしろいのではないでしょうか。これは伯母のお下がりで、まさしく伯母好みの柄。きものを頻繁に着るコアな層は、無地周辺の幅の狭いところでのおしゃれを楽しみます。江戸小紋やぼかしなどもそうですね。女子高生が制服の細かいところにこだわるのと一緒かもしれません。



[絽と紗のついて]
さて、ここで「絽」と「紗」の違いについて、少し触れておきましょう。

絽は「からみ織」の一種で、奇数の緯糸ごとに経糸をよじって織る組織で、定期的に隙間をあらわしたもの。紗は「からみ織」「もじり織」の布地で、経糸2本をひと組として緯糸が1本織り込まれるごとによじって隙間をつくるもの。

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左=絽の組織図(『染織事典』泰流社刊より複写)。奇数の緯糸の数に応じて三本絽、五本絽、七本絽、九本絽などがあり、絽目が経糸の方向にあらわれるのが竪絽(たてろ)。綾織を入れたものは綾絽。他にアトランダムに絽目を入れた乱れ絽なども。右=紗の生地アップ。(写真は小田織物提供)


どっちが先に生まれた組織かといえば、「紗」なのだそうです。つまり絽は紗の変形で、江戸時代初期頃からつくられはじめました。
紗は緯糸1本ごとによじって隙間をあらわしますから、隙間が多すぎて、友禅模様などの精緻な柄を美しく染めるのがむずかしかったのです。そこで、普通の平織の間に隙間を入れた「絽」という組織がつくられるようになりました。

ところで皆さん、夏のきものといえば「絽」と「紗」の名を並べて上げるのに、実際は紗より絽のきものを見かけるほうが多いな、って思いませんか? 実際のところ、留袖、訪問着、付下げ、小紋といった柄のあるきものは、ほぼ100パーセント近くが「絽」です。

それは、平織組織のある絽のほうが、構造上、絵をつけやすい理由があったのでした。また部分的に絹の平織を取り込めば、身体に添うタレ感も生まれます。しかし反面、平織は風を通しませんから、紗にくらべたら暑いという面もあります。

紗は、前述どおり絽にくらべると隙間が多い生地ですから、格段に涼しいものでした。中国では唐〜宋代にかけて大いに発達し、日本へは奈良時代に伝えられたといわれています。
(紗の親分に当たるのが「羅」という織物。詳しい説明は省きますが、これを織るのは大変むずかしかったのだそう。昭和31年に喜多川平朗(1898〜1978)さんが古代以来の羅を体系立てて復元し、人間国宝に指定されました。その後、北村武資(1935〜)さんが続きましたが、それまで羅の技法は奈良時代からずっと途切れていたのです。羅は2000年の歴史を持つ古い織り方で、中国で生まれました。日本で盛んに織られていたのは奈良〜平安時代。上流貴族たちの専有物でした。)織るのが困難な羅の代わりとして、紗が広汎に普及した背景がありました。

強撚糸を用いて織った紗は、よじる回数も絽より多いわけですし、ハリやシャリ感、透け感にすぐれます。紗の地は、先ほどお話ししたとおり、細かな柄をつけるのには適さないと考えられてきたので、使われるのは現在においてももっぱら無地。
たとえば茶道を嗜む男性で高位の教えを授かった人は、「十徳(じっとく)」という羽織ものを着るのが許されます。それに使われているのが紗です。

女性のきものならば、紗同士を重ねた「紗袷」が有名でしょう。薄羽のような紗を重ね合わせると、無地の生地同士なのに墨流しのような不思議な文様が浮かび上がります。紗のモアレ効果です。
ハリのある紗のきものは、絽よりはカジュアルに傾くように思われるためか、柄をつけにくい性質のせいか、夏フォーマルの第一夫人の座を「絽」に譲っているのが現状です。


[柄物のきもの]
さて私は、柄物を夏場に着る贅沢を感じます。ことに東京は織物全盛で、夏はいつも以上に渋好みといってよいのではないでしょうか。黒っぽい織りのきものに長襦袢の白を効かせて、これまたシックな麻の生成りの無地帯を合わせたりされていますので、そんな中で柄物を着ると目立ちます。

夏の柄物は、個人的にとても好きですね。袷なら「派手過ぎる」と思うような柄でも、夏なら勢いで着ることができます。洋服でも、夏は開放的な鮮やかなプリント柄やアロハが強い陽射しに合うじゃないですか!って、アロハを着ない人間ですが、そう思います。

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ちょっとしたお出かけに着ている絽の付下げ小紋。右の赤芒に夏草柄は母からもらったお古です。40歳も過ぎてこれを着るのはいささか抵抗があるのですが、一生懸命着ないともう着られないと思って、毎夏、これを着るためだけにおでかけの場所を探します。左は私が日本橋三越でつくった御所解柄。カマトトだろうが、なんとでも言ってください。こういうものが、生来好きなのだからしょうがない。ホテルでの食事や銀座へお出かけ、軽い茶会などなら、守備範囲の広い付下げや付下げ小紋が重宝。


私は、これまで本格的なフォーマルな場に出会わずに過ごしてきましたので、夏の訪問着は持っていません。準礼装の無地の一つ紋付きや付下げ、小紋でやりくりしてきました。もし必要に迫られても、よほどのことがない限り、訪問着をつくるのは躊躇するでしょう。あまりに着ていく場が少ないからです。
けれど、付下げならば欲しいですね。これまで総柄のインパクトのあるものを好んできましたが、次につくるならどんなものがよいかなと、いろんな反物を観察しながら、じっくり考えています。夏物は数が必要ありませんので、気に入ったものを最小限持ちたいのです。

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伯母から譲られた一つ紋付きの付下げ。六つ目籠のところが紗で他が平織という変わり紗の生地で、鮎と青紅葉が描かれています。どんな帯を合わせようかなと思っていますが、残念ながら一度も着る機会がおとずれません。



[おまけ 夏の絹織物]
私のワードローブはやわらかもの(+浴衣)がほとんどで、織りのきものが昨年まで1枚もありませんでしたが、昨年思い切って購入したのが夏大島です。上布や麻も欲しかったのですが、いちばん最初は、絹の織物にしようと決めていました。
候補としては夏御召や夏塩沢、明石縮。これらはともに強撚糸を糊付けして用い、織り上げたのちに糊を落とすと特有のシボが現れます。こまかな縮れによって、シワが目立たない特徴がありますから、強力な夏の座りじわに悩む人間にはもってこい。
ところが、夏大島の白の蚊絣に一目惚れしてしまいました。いつものごとく、どうせ買うなら背伸びしてやろうと決心。ただ、夏の織物を着る機会が私にくるのでしょうか? 今年はまだ出番がありません。

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左=夏大島は、大島紬の夏物として昭和初期からつくられはじめたといいます。夏御召や明石ほどではないですが、絹糸に撚りをかけて織り上げているため、上品なシャリ感があります。この駒撚りは糸がほつれやすく、ほつれると織りが困難なために、夏大島は泥染めをしません。右=初夏の6月中頃から夏をとおして着用できます。薄くて涼しげな地風が特徴で、指も透けて見えるほど。



さて、次回は夏の帯を中心にお話できたらと思います。樺澤さんの浴衣コーディネートを拝見していたら、紺白の浴衣に赤や朱系統の帯を挿し色にされているのが印象的でした(^_^)。

私の場合の夏の帯は、
〈1〉落ち着きのある無地(柄物のきものに合わせる)
〈2〉インパクトのある柄物(無地系のやわらかものやシンプルな浴衣に合わせる)の両極端です。
袷の帯なら、これらを足して2で割ったみたいな中間の印象のものがありますが、どうしてこうなのか、自分でもよくわかりません。ちょうどよい機会ですから、今一度整理をしながら考えてみたいと思います。


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